悪意と善意
ディランはオリハルコンの剣を強く握り、華麗な剣術を披露した。数多の魔物が彼を取り囲んだが、いずれも一撃で一刀両断されてしまう。無論、その最中にもディランの肉体は腐食しているが、もはやそんなことを気にする彼ではない。
「決心したよ。僕はこれまで、誰も殺さずに済むと思っていたけれど……それでも君のことだけは許さない!」
この街での経験を経て、彼は心身共に強くなったようだ。そんな彼の決心を前に、シドは笑う。
「ヒャハハハハ! 見上げた覚悟だなァ! ディラン! だがテメェ一人に、何が出来る!」
これまで、ディランは
直後、シドの脇腹に、剣の切っ先が突き刺さった。
ついにディランの剣術は、彼の体に届いたようだ。
「僕はいつまでも、弱いままじゃない!」
そう叫んだディランは、それから畳み掛けるように剣を振り続けた。シドの体には、数多の切り傷が刻まれる。その身は刺し傷も負い始めている。今の彼が目にしているのは、かつての気弱なディランではない。眼前の少年は、有り余るほどの勇気をその目に宿していた。
そんな中、シドは不敵な笑みを浮かべた。直後、ディランの腹からは、巨大なサソリの尾のようなものが姿を現した。
「……!」
ディランはすぐに背後へと目を遣った。そこには巨大なサソリが佇んでおり、その尾は彼の背中に突き刺さっていた。その光景を前にして、シドは言う。
「忘れるな。テメェは一人だが、オレ様の体にはクリフが宿っている。今やオレ様の魔法は、波だけじゃないってことだ!」
そう――クリフと結合して以来、彼は魔物を生み出す力も持っているのだ。つまるところ、ディランは二つの魔法に警戒しなければならない。無論、彼もそんなことは重々承知している。
「君こそ、僕を侮らない方が良い!」
彼はサソリの尾を斬り落とし、それから金色に輝く鎧を生み出した。サソリはすぐに再生し、ディランへの攻撃を試みる。しかしその強靭な尾は、無敵の鎧を貫通することが出来ない。今の彼には、魔物の攻撃など通用しないようだ。
「ほぉう……オリハルコンの鎧かァ。確かに魔物の攻撃は防げるが、テメェの動きは鈍くなる。テメェの体が腐りきるのが先か、オレ様が斬り倒されるのが先か……見ものだな!」
「僕は……負けない!」
一見、今のディランは優位に立っているようにも見えるだろう。しかし彼の肌は酷くただれており、その呼吸も荒くなっている。加えて、彼は魔物から身を守るため、重い鎧を装備することを強いられている。それでも彼は、歯を食い縛りながら意識を保っていた。
「もう諦めろ! ディラン! そんな体でオレ様を倒せたとしても、テメェは死ぬぞ!」
そう叫んだシドは、妙に必死だった。普段は強気な彼も、死を恐れる心は人並みにあるのだろう。そんな彼を睨みつけ、ディランは声を張り上げる。
「怖いか! 苦しむのが、死ぬのが、怖いか!」
シドの身に、強烈な斬撃が襲いかかった。シドは膝から崩れ落ち、何やら意味深なことを口走る。
「……これで良い。オレ様が両親から授かったものは、力だけだった。人を傷つけることしか学べなかったオレ様は、内心、誰かに裁かれることを望んでいたんだろう」
そう語り終えた彼は、その場で気を失った。ディランは耳を疑いつつも、必死にシドの体を揺すり始めた。
「やっぱり、こんなことは間違ってたんだ。殺されるべき人間なんて、この世にはいない!」
シドの応答はない。その血管はかろうじて脈を打っているが、彼は意識を失っている。
「奏多は反対するかも知れないけど、看病しないと……」
そう呟いたディランは、シドの身を背負った。
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