新たな剣

「お前の策略だったのか? これも」

 屠熊とぐまは訊ねた。ステラは妖艶な微笑みを浮かべ、気絶したラピスの前にしゃがみ込む。そして彼女に触られるや否や、ラピスの身は一瞬にして粘液と化した。ステラはそれを自らの体内に取り込み、屠熊の方へと目を向ける。

「ワタシはこれから、ラピスとシドを結合させる。ラピスには既に、二人分の人間の記憶が備わっているんだ。シドの自我は、今度こそ自壊するだろう」

 それが彼女の狙いである。一方で、強敵を殺すことは屠熊の目的ではない。

「この大神屠熊おおがみとぐまから、強敵を奪うことは許さぬ!」

 憤った彼は、ステラの方へと飛び出した。ステラはすぐに自らの肉体を粘液に変え、迫りくる拳に対処しようと試みる。通例、液体に打撃など通用しないだろう。


 しかし大神屠熊は例外だ。


 彼はステラを殴ったことにより、右手を粘液に変えられてしまった。しかし、屠熊の拳とステラの肉体がぶつかり合ったその瞬間には、確かに衝撃が発生している。その衝撃により、ステラはすぐ後方にあった壁に思い切り打ち付けられた。今の彼女の肉体を構築する粘液は、無惨にも辺りに撒き散らされた。そしてその一粒一粒が自律して動き、一箇所に集まった。


 ステラの復活である。


 屠熊は笑う。

「そうか、今度はお前がこの大神屠熊をもてなしてくれるのか! 見せてみろ! お前の力を!」

 そう言い放った彼とは対照的に、ステラはあまり争いを好まない性格だ。

「また会おう……屠熊」

 彼女はそう言い残し、再び粘液と化した。粘液は俊敏に動き、その付近にあったダクトの中へと消えていった。


 何はともあれ、これで屠熊はラピスという強敵を失った。このままシドも殺されようものならば、今の屠熊を満たせる者はただ一人――奏多の追う男だろう。しかしこの状況に、屠熊は微かな希望を見い出していた。

「シド……お前の純然たる悪意に満ちた自我は、決して壊れることがないだろう。お前はこれから、ラピスを己の養分に変える……お前はそういう男だ」

 無論、彼はシドとクリフが結合された前例を知らない。そんな彼の憶測は、奇しくもその前例と似通っていた。



 *



 その頃、ディランは拠点の周囲を放浪していた。そんな彼の目の前に現れたのは、無数の魔物たちだ。無論、今この街で魔物を生み出せる者は、彼が知る限り一人しかいない。

「シド……!」

 ディランはすぐに大剣を生み出し、それを一心不乱に振り回した。魔物たちの強さは相変わらずで、彼の斬撃のほとんどが通用していない有り様たま。そして今この場には、奏多かなたも屠熊もいない。つまり、彼は一人でシドに挑まなければならないのだ。魔物による包囲網の奥では、一人の少年が笑っている。

「ヒャハハハ! テメェが死ねば、奏多は心に傷を負う! アイツの大切なものを壊してやるよ!」

――シドだ。彼の目が赤く光ると同時に、ディランの体と剣は勢いよく腐り始める。今回の戦いは、今までとは違う。今までは手加減してきたシドが、本気でディランを殺そうとしているのだ。

「戦わないと……怖いけど、戦わないと!」

 ディランは覚悟を決めた。直後、彼の剣は眩い光を放ち始めた。光り輝く刀身は、電飾のようでもあり鏡のようでもあった。そして何より、その剣が腐り落ちる様子もない。そしてシドは、その剣の正体を理解している。

「オリハルコン……か。厄介なモンを生み出しやがって! だがテメェの生身を破壊しちまえば、そんな剣も無意味だ! オレ様の力を前にどこまで悪足掻きが出来るか、見せてみろォ!」

 そう――ディランの生み出した新たな剣は、決して腐ることがない。そればかりか、剣としての切れ味もまた尋常ではなく優れている。

「僕だって、やる時はやるんだよ」

 そう言い放ったディランは、いつになく勇ましい顔つきをしていた。

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