記憶と力

 ラピスは目を青く光らせ、そして引きつったような笑みを浮かべた。たった今、彼は何らかの形で魔法を使ったのだろう。

「キミは……なかなか手強そうだね」

「ほう、見ただけでわかるものなのか?」

「まさか。ボクはただ、キミの記憶を複製しただけだよ。キミは、あのシドを追い込んだようだね」

 何やら彼にとっても、シドは警戒すべき相手らしい。

「お前が見たのは、それだけか?」

 屠熊とぐまは訊ねた。無論、ラピスは彼のあらゆる記憶を把握している。

「キミはタイムマシンを使って、幾度となく様々な格闘家の全盛期を訪れてきた。より己の闘争本能を満たす強敵と一戦交えるためにね」

「……どうやら、お前がこの大神屠熊の記憶を複製したというのは本当らしいな」

「その通りだよ。そして、戦うための時間遡行を繰り返してきた末に、キミはハコニワシティに迷い込んだ。キミはまさしく、戦うために生まれたような男だよ」

「ふっ……よく理解しているじゃないか」

 屠熊は不敵な笑みを浮かべ、眼前の標的に殴りかかった。ラピスはその一撃を軽々かわし、笑い返す。

「残念だったね。あいにく、ボクはキミの動きのパターンも記憶しているんだ。さあ、ボクと踊ろうか」

 シドの陰に隠れて目立たなかった彼も、どうやらなかなかの強者らしい。彼は己の両腕を肥大化させ、俊敏かつ連続的なジャブを屠熊の身に叩き込んでいく。この状況下において、屠熊が覚える感情はただ一つだ。

「……面白い」

 かつてない強敵との戦闘――それは彼の心を幸福で満たしている。彼は眼前の拳を掴み、ラピスの身を地面に叩きつけようとした。ラピスは慣性を利用して相手の足元に潜り込み、自らの指先から毒針を発射した。その瞬間、彼は目を疑うような光景を目の当たりにする。

「そんな……馬鹿な!」

 毒針は屠熊の強靭な肉体には突き刺さらず、むしろ瞬時にへし折れてしまった。やはりこの男は、只者ではないようだ。しかしラピスは、屠熊の動きを記憶している。この点においては、彼に分がある戦いであろう。


 しかしラピスは、とある一点で屠熊に劣っていた。


 屠熊は幾度となく、眼前の標的を殴ろうと試みていった。無論、彼がどんなに俊敏な動きをしていようと、ラピスはそれを予め予測してしまう。その上、この少年は屠熊の身に、的確に打撃や蹴りを食らわせていくのだ。しかしラピスは、己の勝利を確信していない。屠熊が余裕綽々とした笑みを浮かべている一方で、ラピスは疲労を覚え始めたのだ。その呼吸は極めて荒くなっているが、ラピスには体を休める余裕などない。次第に彼は防戦一方となり、攻撃を仕掛ける余裕を失っていった。


 しかしこの状況下においても、彼には切り札がある。


 やがて彼の腹部には、強烈なアッパーが叩き込まれた。ラピスは腹に風穴を空けられ、勢いよく吐血した。彼はすぐに魔法を発動し、己の腹部を修復する。体力にこそ限界はあれど、彼の肉体はいくらでも再生するようだ。

「キミが疲れ果てるまで、ボクは再生し続けるよ……屠熊!」

 そう宣言した彼は、今度こそ勝利を確信した笑みを浮かべていた。強気な態度を取っているのは、彼だけではない。

「いや、お前の魔法の攻略法がわかった」

 屠熊もまた、己の勝利を確信していた。彼がラピスの顎を蹴り上げたのは、その直後のことだ。

「……!」

 ラピスは宙で気を失い、無造作に落下した。屠熊の見いだした攻略法は、ただ一つである。

「お前が魔法を使えないように、一撃で仕留める……それがお前の倒し方だ!」

 それは常人からしてみれば、攻略法と呼ぶに値しない戯言だろう。それをやってのける男こそが、この大神屠熊おおがみとぐまである。


 そんな彼の背後から、拍手が聞こえてくる。

「キミたちに奏多を追わせた甲斐があったよ」

 ステラの登場だ。

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