毒蛇

 研究所を出た奏多かなたは、地図を見ながら歩みを進めていた。その道中にて、彼女はふと、かつてのアトスの言葉を思い出した。


「奏多ちゃんは、真実を知らないままの方が幸せだと思う。だからウチの口からは、なんとも言えないかな……」


 これから奏多は、父親との再会を果たそうとしている。そんな彼女の胸を締め付けるのは、漠然とした不安だ。

「おいおい……こんな時に、余計なことを思い出しちまったよ」

 何はともあれ、尻込みしていても埒が明かないだろう。奏多は捜索を続けることにした。



 それからしばらくして、彼女の目の前には一人の少年が現れた。

「やあ、ボクの名前は覚えてくれたかな?」

――ラピス・ラズリだ。彼は奏多と目を合わせつつ、じわじわと間合いを詰めていく。

「なんの用だ……ラピス!」

 奏多は結晶の剣を生み出し、その切っ先をラピスに向けた。ラピスは妖しげな微笑みを浮かべ、己の右腕を毒蛇に変える。そして彼は間合いを一気に詰め、奏多の身に襲いかかる。

「危ねぇ!」

 咄嗟の判断により、奏多はラピスの右腕を切り落とした。しかし彼の右腕は、瞬時に再生してしまう。

「今のはほんの、小手調べだよ」

 そう言い放った彼は、己の全身から毒蛇を生やした。その一匹一匹の長さは数十メートルにも及び、その体で奏多を取り囲んでいく。

「させるかよ!」

 奏多は剣を振り回し、毒蛇を次々と斬り落としていく。その動きには、一切の迷いがない。彼女は勢いに身を任せ、ラピスに斬りかかった。彼女の攻撃を見切れなかったのか、ラピスの身は一刀両断されてしまう。それでも彼は即座に再生し、自らの左腕を巨大化させる。その左手は奏多の体を握りしめ、徐々に力を加えていく。その周囲からは無数の毒蛇が生え、それらは次々と彼女に噛み付いていく。

「終わりだね、奏多」

 そう呟いたラピスは、笑っていた。彼は勝利を確信し、奏多を地面に叩きつけた。奏多は震える両腕で上体を起こそうとするが、彼女の視界はぼやけている。その身には早くも、蛇の毒が回り始めているようだ。それでもおぼつかない足取りでなんとか立ち上がり、彼女は眼前の敵対者を睨みつけるのだ。

「どうした? オレはまだ終わっちゃいねぇぞ?」

「頭痛、嘔吐、発熱、呼吸困難や細胞組織の壊死――いずれキミはこれらの症状に苦しむことになるだろう。そればかりか、毒蛇は時に、人の命すら奪うからね」

「ああ、普通の人間ならそうだろうよ。だが今アンタが目にしてるのは、このオレだ!」

 奏多はそう言ったが、傍から見れば彼女に勝算はない。残された体力を駆使し、彼女は一心不乱に剣を振る。その剣はラピスの体を容赦なく切り刻んでいったが、それが意味を成すことはほとんどない。彼の肉体は、瞬時に再生してしまうのだ。

「さっきまでの威勢はどうしたんだい? 奏多!」

 依然としてラピスは笑っている。一方で、奏多も虚勢を張ったような笑みを浮かべている。

「まだまだだ! 次はアンタを、窒息させる!」

 そう叫んだ彼女は、ラピスの全身を結晶で覆った。ラピスは数秒ほど身動きが取れなかったものの、すぐに己の全身の筋肉を強化した。


 奏多の生み出した結晶は、彼の筋力によりすぐに粉砕された。


 もはや奏多は絶体絶命だ。そんな彼女を前にして、ラピスは言う。

「悪く思わないで欲しいね。この街を出たい気持ちは、ボクも同じだから」

 命を奪わなければ、この街を出ることは叶わない。それは奏多もよくわかっていることだ。そしてステラの言っていた通り、ハコニワシティのルールは人を狂わせてしまうらしい。


 そんな時だった。


「後のことは、この大神屠熊おおがみとぐまに任せろ! 奏多!」

 奏多の前に、頼もしい味方が現れた。

「わかった。ここはアンタに引き受けてもらう!」

 彼女には、行かなければならない場所がある。彼女は屠熊とラピスを置き去りにし、その場から走り去っていった。

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