最後の一人

データ

 あの日の翌日、奏多かなたは再びステラの研究所を訪ねた。彼女がここに来たことには、もちろんそれなりの理由がある。

「今まで街を監視してきたデータが欲しい。今まで観測の及ばなかった場所がどのように移動し、分布してきたのかを知りてぇんだ」

 それこそ、彼女がこの場所に来た理由だ。この街を脱出する前に、奏多は父親との再会を果たす必要がある。そんな彼女に対し、ステラは苦言を呈する。

「父親のことを知って、どうするつもりだ? 闇雲に父親のことを探していても、その後のことを考えなければ余計な傷を負うだけだ。この街には、勝者と敗者しか存在しない」

 確かに、奏多の父親が味方である確証はない。それでも奏多からすれば、真相を確かめずにはいられないのもまた事実だ。

「もし親父が敵であれば、いずれは戦うことになる。親父がこの街で何を見てきたのか、そしてどんな運命に振り回されてきたのか……オレにはそれを確かめる義務がある!」

「やめた方が良い。少なくともキミの父親は、身を隠すことを選んでいる。そして人の秘密に迫る行為には、相応のリスクが伴う。多くを知りすぎた人間は、秘密を抱えた人間にとっての最大の敵だからだ」

「上等じゃねぇか。例えそうであったとしても、オレは負けねぇ!」

 両者ともに、一歩も譲らない舌戦だ。その一方で、ステラは妙に奏多の身を案じているようにも見て取れる。

「キミは以前、キミの父親は魔法や魔術を無効化する魔法を持つと言っていたね。もしそんなことが可能であれば、キミの父親は紛れもなく……この街において最強の住民だ。警戒しておいて損はない」

「だが、オレはその男の娘だ!」

「だから相手が温情を持つという確証はあるのか? 弱肉強食のハコニワシティに、親子の絆など持ち込めるものか。むしろ、キミの父親はキミの手の内を知り尽くしているんだ。あまり人間の善性を過信しすぎない方が良い」

 一先ず、これで彼女からの忠告は終わりだ。これで奏多が折れなければ、後はデータを引き渡すしかないだろう。無論、奏多の意志は揺らがない。

「それでも、オレは真相にたどり着きてぇ。さあ、データをよこせ」

 そう言い放った彼女は、覚悟に満ちた眼差しをしていた。ステラは深いため息をつき、己の手元に一枚の地図を生み出した。地図上にはいくつもの円が書かれており、その一つ一つに日付が振られている。その上、その地図の上では円が不規則に動いている。おそらくこれは、彼女の父親の動きをリアルタイムで表しているのだろう。そして最も円が集中しているのは、地図の中央だ。奏多は生唾を呑み、そして確信する。

「オレの親父の活動拠点は、おそらくハコニワシティの中央だ」

 ついにこの日が訪れた。ついに彼女は、己の父親についての有益な情報を手に入れたのだ。そんな彼女に対し、ステラは更なる苦言を呈する。

「奏多……キミは父親に勝てるのか? ワタシはずっとこの街を監視してきたが、キミは現に強敵に手を焼いているではないか。父親に会うとしても、先ずは腕を磨いてからの方が良い」

 その言い分ももっともだろう。それでも奏多には、妙な確信があった。

「ステラ。オレはアンタよりも、親父のことを知っている。オレの親父は、決して話し合いの通じねぇ男じゃねぇよ」

 そう――彼女の尋ね人は、彼女自身の実父だ。つまるところ、彼女はこの街において、誰よりも彼のことを知っている身だ。ステラは深いため息をつき、魔法でドリップコーヒーを生み出す。そしてコーヒーカップに口をつけ、彼女は言う。

「だが、この街は人を変える。犠牲を伴わなければ、ここの住民は時間を幾度となく巻き戻すに値する大義を成し得ない。その者が正義であろうと、悪であろうとな」

 その言葉には、妙な説得力があった。

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