殺意

 あれからリサは、シドを案内した。彼の目の前には今、奏多かなたとディラン、そして屠熊とぐまがいる。

「彼がシドだよ、屠熊」

 リサはシドのことを紹介した。直後、彼女の目は一瞬だけ赤く発光した。その瞬間を皮切りに、シドと屠熊に異変が起こる。

「殺す……テメェは絶対に、オレ様がブチ殺す!」

「それはこっちの台詞だ! お前は絶対に、この大神屠熊おおがみとぐまが葬り去る!」

 その光景を前に、奏多とディランは驚いた。彼女たちは、シドが殺生よりも拷問を好むことを嫌というほど理解している。しかし当のシドは今、顔に青筋を立てながら屠熊を睨みつけている。彼は波を放ち、屠熊は瞬時に間合いを詰めた。



 本気の殺し合いの始まりだ。



 シドの魔法は、確かに強力だ。そんな彼の相手をする屠熊は、決して魔法を使わない。しかし彼の剛腕は、眼前の宿敵の骨に次々とひびを入れていく。両者ともに、吐血を繰り返しつつ、底無しの殺意を籠めた眼光で互いを追う。そんな凄惨な光景を前にして、奏多は苦笑いを浮かべざるを得なかった。

「おいおい。リサ、アンタさっき、本気のシドがどうとか、そんな話を屠熊としていたよな?」

 そう訊ねた彼女は、リサの方に目を遣った。

「そうだけど、何か?」

 そう答えたリサは、平然と澄ましたような顔をしていた。無論、今の状況が彼女の魔法によるものであることは、火を見るより明らかだ。

「アンタの魔法がわかった。アンタ……人の殺意と、その対象を操れるらしいな」

 それが奏多の推測だ。リサは肩をすくめ、その推測が正しいことを認める。

「まあ、別に嘘をつく意味もないし、正直に答えるさ。大正解だよ、奏多」

 彼女は自らの魔法を言い当てられたが、妙に得意げだ。事実、彼女の魔法に対処する方法は、一対一の戦いに持ち込む以外に存在しないだろう。そして彼女たちの前では今、屠熊とシドが互角の戦いを繰り広げている。

「やるではないか! シド!」

「たった一人でオレ様をここまで追い詰めたのは、テメェが初めてだ! テメェみたいな奴の存在を、オレ様は絶対に許さない!」

 一発、また一発と、屠熊の打撃や蹴りが炸裂する。シドは波を放ちつつ、無数の魔物を生み出していく。しかし魔物たちは、すぐに屠熊の体術によって仕留められてしまう。もはやリサが魔法を使うまでもなく、シドは本気を出さざるを得ない状況下にあったのだろう。今の奏多とディランからしてみれば、この戦いには介入する隙などない。それでもディランは、その場から逃げ出そうとはしなかった。

「二人とも、目を覚ましてよ! 殺し合いなんかやめようよ!」

 無論、彼の声はシドたちには届かない。そんな彼の手を掴み、奏多は言う。

「逃げるぞ、ディラン。シドは加虐嗜好、屠熊は闘争に生きるような奴だ。そんな危ねぇ連中を守る意味なんざ、どこにもねぇ」

 確かに、彼女の言い分はもっともだろう。されど、それでディランの優しさが失われるわけではない。

「だけど、二人とも人間だ! 僕たちは皆、痛みを知っている! 愛を知っている! 誰一人として、絶対悪に等しい人間なんかいないんだ!」

 その主張には、決して偽りの心など宿っていなかった。言うならば、彼は生粋のお人好しだ。


 そんな彼に異変が起きたのは、その直後のことである。


 リサは再び目を赤く光らせ、舌なめずりをする。

「こうすれば、このゲームはアタイにとって有利になる」

 彼女がそう呟いたのと同時に、ディランは理性を失った。

「殺す……僕は絶対に、君を殺す! 奏多!」

 彼は鉄の剣を手元に生成し、奏多に襲い掛かった。奏多は咄嗟に結晶の剣を作り、彼の攻撃を受け止める。無論、彼女は今起きたことの全てを察している。

「おいおい……リサの奴、シャレにならねぇことしやがって……」

 シドと屠熊が戦っている最中、奏多もディランと戦うことになった。

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