大神屠熊

 その頃、奏多かなたとディランは路地裏に居た。二人の目の前にいるのは、筋肉質な男――大神屠熊おおがみとぐまである。

「この街で一番強い住民は誰だ? この大神屠熊は、常に強敵を求めている」

 それが彼の第一声だった。その質問に対し、奏多は二人の人物を思い浮かべた。一人はシドで、もう一人はラピスだ。そして彼女が優先的に倒すべき相手は、より邪悪な存在である。そこで奏多は、一番の宿敵の名を挙げることにした。

「シド・アクリル……おそらくそいつが、この街で一番強い男だ」

 やはり彼女にとって、シドは何よりも邪魔な存在だ。無益な殺生を好まない彼女にとってさえ、あの少年は排除しなければならない存在らしい。

「シドとやらは、どんな力を持つんだ?」

 そう訊ねた屠熊は、シドという少年に興味津々だった。そこで奏多は、今までの経験をもとに己の推測を語っていく。

「アイツは波を放つ。その波を浴びた物は、有機物だろうが無機物だろうが、凄まじい速さで腐食していくんだ」

 事実、彼女とディランはその魔法に何度も苦しめられてきた。そんな二人に対し、屠熊は一つ疑問を抱く。

「お前もその波を浴びたことがあるのか?」

「ああ、何度もな」

「それでもなお生きているお前もまた、かなりの強敵と見受けられるな……」

 そう――彼はまだシドの立ち振る舞いを知らない。ゆえに彼は、本気の殺し合いを想定しているのだ。そこでディランは深いため息をつき、事情を説明する。

「彼は殺戮よりも拷問を好んでいる。現に、僕たちは何度もアイツにいたぶられてきた。言い換えるなら、僕たちは彼の本気を見たことがないんだよ」

「なるほど……面白い。その男が、この大神屠熊を前にどこまで余裕を保っていられるか……見ものだな」

「……僕としては、例えシドであっても殺されるべきではないと思っているんだけどね」

 彼の優しさは相変わらずだ。そんな彼を横目に、奏多は呆れたような表情を浮かべていた。そして屠熊もまた、シドを殺す意志を持っていないらしい。

「この大神屠熊は強敵を殺さない。一度殺した相手とは、もう二度と戦えなくなるからな!」

 あくまでも、彼は強敵との戦いに飢えているだけだ。それでも彼と手を組んでおくことは、この街で生き延びていくにあたって非常に有益なことになるだろう。そこで奏多は、ある提案をする。

「アイツはよく、オレたちを襲いに来る。つまりアンタがオレたちと行動を共にすれば、向こうからアンタを襲いに来るはずだ。これで利害は一致しているが……どうだ? オレたちと手を組まねぇか?」

 それは屠熊にとっても、決して悪くない話である。

「この大神屠熊に取引を持ち掛けるのか? 気に入った。良いだろう……この大神屠熊の力で、お前たちを守り抜こうではないか」

 交渉成立だ。奏多は伝え忘れた事項を思い出し、シドについて補足する。

「そう言えば、今のシドの魔法はヤベェ波だけじゃねぇ。アイツは他の住民と結合し、魔物を生み出す力を手に入れたんだ」

 一見、魔物を生み出す力はあまり脅威には感じられない。しかし、それがあの波を放つ魔法と合わされば、まさしく鬼に金棒だ。その情報は決して、屠熊を怯ませたりはしない。むしろ、彼は嬉々とした笑みを浮かべている。

「ガハハハ! それは良い! この大神屠熊は、敵が強ければ強いほど満たされる男だ! 強敵と戦うためならば、例え自らの命が死の危険に晒されても構わない! 戦いのために生き、戦いのために死ぬ――それがこの大神屠熊の人生そのものだ!」

 そんな彼の考えは、奏多たちにとって理解の及ぶものではなかった。何はともあれ、二人は今、頼もしそうな味方を手に入れた。無論、彼女たちはまだ屠熊の強さを知らない。


 奏多たちが生き延びるか否かは、屠熊の強さ次第である。

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