世界平和

「科学の発展のため……か。具体的に、キミはどんな理由で時間を巻き戻し続けたんだ?」

 そう訊ねたステラは、コーヒーを淹れた。その質問に答える前に、ラピスは更なる要望をつきつける。

「ミルクと砂糖も欲しいかな。ボクは苦いものが苦手なんだ」

 何やら彼は、ブラックコーヒーを飲めないらしい。そこでステラは魔術を使い、砂糖と牛乳を生み出した。

「これで満足か?」

「うん!」

「……それじゃ、本題に入るぞ」

 一先ず、彼女はラピスに砂糖と牛乳を手渡した。ラピスはそれらをコーヒーに注ぎ、ティースプーンでかき混ぜていく。そしてコーヒーカップに口をつけ、彼は話を切り出す。

「ボクが作っているものは、クロノアーカイブ……より多くの未来を保存したデータバンクだよ」

 さっそく、彼はその場で立体映像を再生した。画面の端にはたくさんの映像のサムネイルがあり、彼が幾度となく映像を記録してきたことがうかがえる。ある未来では、世界を取り巻く戦争が起きた。またある未来では、世界規模のパンデミックにより世界中が錯乱した。またある未来では、人類がスペースコロニーに移住していた。ラピスが何度も時間をやり直していった理由は、紛れもなくこれらのデータを収集するためであった。


 彼のマスターピース――クロノアーカイブの存在を前にして、ステラは少し驚く。しかしそれは決して、彼女に協力の意志が芽生えたことを意味するわけではない。

「なるほど……確かに興味深い」

「でしょ? ボクは自分の世界に戻って、更なる情報を集めたいんだ。協力してくれるかな?」

「いや、それはまた別の話だ。ワタシは学問の発展以上に、世界平和を重んじているからな」

 長年にわたってエレムを倒すための研究をしていただけのことはあり、彼女には「学問の発展」以上の目的があった。彼女の答えに納得のいかないラピスは、更に質問を続ける。

「そんな! キミにだって、科学の発展がもたらすものの尊さが理解できるはずだ! なのに、どうして? キミは、どうしてこの街に迷い込んできたの?」

 ステラがこの街にいる以上、彼女もまた何度も時間を巻き戻してきた一人のはずだ。無論、彼女は例外的な存在であるというわけでもない。ステラはラピスに背を向け、自分の過去を語り始める。

「ワタシが生きてきた世界も、決して平和ではなかった。そこでワタシは、世界平和を実現する魔術を生み出した」

「それは凄いね。だけど、どうしてそれをこの街に使わないの?」

「あの魔術はコストが高く、一生に一度しか使えない代物だった。それも、もって十年程度のものだ。だから私は魔術を使い、その平和な十年間を永遠にループさせたんだ。そして百周目が始まった時、ワタシはここに迷い込んだ。だからワタシはここにいる」

 決して、彼女の魔術は完璧ではない。ゆえに彼女は、同じ時間を繰り返すことでしか世界平和を実現することが出来なかったのだ。そこでラピスは、彼女に最後の質問をする。

「だけどボク以外に、誰を助けるつもりなのかな? この研究所に散らばる醜いキメラたちを見る限り、キミのやり方では全住民を救えないと思うんだけど」

 それもまた、当然の疑問である。しかしステラにも、彼女なりの考えはある。

「キミは奏多かなたの記憶を持っているんだろう? ならば、シドの自我が残っていたことも知っているはずだ。強い自我を持つ者は、他人と結合させられてもその自我を失わない。更に研究を進めれば、ワタシは全住民を結合させられるはずだ」

 その考えは、ラピスからすれば正気の沙汰とは思えなかった。一方で、当のステラは真剣そのものだ。

「どうやらボクたちは、わかり合えないようだね」

 そう告げたラピスは自らの右腕を筋骨隆々にし、ステラに殴りかかった。

「甘いね」

 ステラはすぐに自らを粘液化し、排気口を介して逃げだした。

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