覚悟

 やがて、奏多かなたたちは己の拠点に到着した。奏多は大きな伸びをし、ベッドの上に倒れ込む。

そんな彼女の横に座り、ディランは訊ねる。

「奏多はさっき、僕の美学は何も救わない……と言っていたね」

「ああ。アンタの甘さは、命取りとなる」

「……もし君の父親が敵だったら、君はどうするの?」

 それは当然の疑問だ。今のところ、奏多の父親が二人の味方である保証はない。無論、奏多は覚悟を決めている。彼女は一切の迷いを見せず、淡々と質問に答える。

「もちろん、殺すさ。そしておそらく、オレの親父はこの街で生きている。もし親父が敵であれば、いずれ戦わなければならねぇ時が来るだろう」

 少なくとも、彼女はこの場において冗談を言っていなかった。その眼差しが物語っていたのは、まぎれもなく決意であった。ディランは肩を落とし、重苦しい空気を噛みしめる。彼は何も反論できない一方で、決して奏多の言い分に納得してはいない。

「……ごめん。酷な質問をしてしまったね。これからはもう、君の父親について考えるのはやめよう」

「何故だ?」

「君か、君の父親――どちらかが死ぬことになるかも知れないんだよ? それも、親子同士で殺し合うなんて、やっぱりおかしいよ」

 そう語ったディランは、奏多のことを心配していた。奏多は不敵な笑みを浮かべ、彼女らしい受け答えをする。

「もしいずれは戦うことになるのなら、それこそ心の準備をしておく必要があるだろ。この街は、世界は、アンタみてぇな甘ちゃんが生き残れるほど温くはねぇ」

 世界を背に戦ってきただけのことはあり、彼女の言葉には妙な重みがあった。ディランは軽く俯き、哀愁を漂わせる。

「そう……だね。君の言う通り、僕は甘いのかも知れないね」

 彼もまた、この街で何度も敵の襲撃を受け、この街の残酷さを思い知った身だ。もはや奏多の言い分に、反論の余地はない。しかし当の奏多は、決して争いを好んでいるわけではない。

「だがな、ディラン。オレはアンタみてぇな甘ちゃん、嫌いじゃねぇよ」

「……え?」

「世界平和を謳うのは愚かだが、世界平和を願う心に罪はねぇ。オレとアンタの違いは、人の夢や理想の脆さを知っているか否か――ただそれだけだ」

 それが彼女の考えだ。ディランは曇った表情のまま、必死に愛想笑いを繕う。

「はは……なんというか、僕って本当に未熟なんだなぁって……」

「ああ、アンタは未熟だ。だがオレにとっては、アンタは一番信頼の置ける奴でもある。そんなアンタだからこそ、オレと組めたんだよ」

「奏多……」

 今度は心からの笑みを零し、ディランは喜んだ。これからも二人は、この街で多くの困難に苛まれていくことであろう。



 *



 翌日、ラピスはステラの研究所を訪ねた。彼の目の前には今、トレンチコートを羽織った女の後ろ姿が見える。

「キミは学者らしいね……ステラ・リキッド」

 それが彼の第一声だった。ステラはゆっくりと振り返り、アンニュイな微笑みを浮かべる。

「どうしてそれを知っているんだ? ラピス・ラズリ」

「ボクの魔法については、キミはもう把握しているんじゃないかな。ボクは奏多の脳を自分の体内に複製し、記憶を共有したんだ。この街に関する、より多くの情報を集めるためにね」

 彼の魔法は、極めて使い勝手が良いようだ。ステラは肩をすくめ、ラピスに問う。

「それで、どんな情報が欲しいんだ?」

 新入りの住民であれば、ハコニワシティにまつわる情報を欲するのは当然のことだ。そしてラピスもまた、情報を得るために奏多の脳を複製した身である。しかし彼がここを訪れたのは、情報収集のためではない。

「ボクも学者なんだ。科学の発展のために、ボクに協力してくれないかな?」

 どうやら彼は、何かを企んでいる様子だった。

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