暴走

新たな敵

 奏多かなたが研究所を出ると、そこではディランがシドと戦っていた。彼の呼吸は荒く、両脚は震えている。その体は半ば腐食しているのと同時に、数多の傷を負っている。ディランが己を取り巻く魔物たちに苦戦している中、シドは大笑いしていた。シドはクリフを取り込んだことにより、二つの魔法を使いこなせるようになっている。

「ディラン!」

 奏多は両者の間に割って入ろうとした。その時、彼女の背後から一人の少年が姿を現した。

「やあ、そこのお姉さん。ボクと踊ろうよ」

――ラピスだ。彼は己の右腕を大蛇に変え、その毒牙で奏多の首筋に噛みついた。意識を朦朧とさせる猛毒が、彼女の脳を狂わせる。しかし大蛇は、まだ彼女の首筋に噛みついたままだ。奏多は呼吸を整えつつ、結晶の剣を生み出した。彼女は剣を勢いよく振るい、ラピスの右腕を斬り落とす。しかしラピスの右腕はすぐに再生し、今度は筋骨隆々となる。何やら彼は、自らの肉体を作り変えることが出来るようだ。

「アンタ……何者だ?」

 奏多は訊ねた。ラピスは妖しい微笑みを浮かべ、彼女の腰を掴んだ。彼女は凄まじい力で持ち上げられ、腰を締め付けられていく。その場に響き渡るのは、彼女の骨が砕けていく音だ。

「人に名前を訊ねる時は、先ず自分から名乗るものだよ。お姉さん」

「オ、オレは御代奏多。アンタは?」

「ボクはラピス・ラズリ――以後、お見知りおきを!」

 自己紹介を終えたラピスは、奏多の身を地面に叩きつけた。地面には鮮血が広がり、奏多は早くも虫の息と化してしまう。それでもなお、彼女は笑顔だ。

「おいおい……派手にやってくれるじゃねぇか」

 奏多の傷口は、結晶によって塞がれていく。無論、彼女がしたことはそれだけではない。彼女がゆっくりと立ち上がるのを目の当たりにし、ラピスはとある事実を悟る。

「キミを地面に叩きつけた時、キミの骨のほとんどを破壊したつもりなんだけどね。キミの魔法は、骨の代わりとなる結晶を作ることも出来るのかい?」

「ああ、そうだ。自分の体を作り変えられるのは、アンタだけじゃねぇ」

 奏多は結晶の鎧を生み出し、それを全身に纏った。ラピスは笑い、彼女を睨みつける。

「あはは! 面白いねぇ! だけど、鎧を生み出せるのもキミだけじゃないんだよ」

 そう言い放った彼の肉体は、硬い鱗で覆われ始めた。奏多は再び剣を振るったが、彼の鋼の肉体には傷をつけられない。それでも彼女は、一心不乱に剣を振り続けた。何度剣が折れても、彼女は新しい剣を作り出す。そしてその全てが、無駄な行動に等しかった。ラピスは彼女の肩に手を置き、こう囁く。

「今日のところはまだ様子見だ」

 彼はすぐに彼女から手を離し、その場を去った。


 その傍ら、酷く負傷したディランは地面に倒れていた。そんな彼を見下ろし、シドは笑っている。

「テメェを簡単に殺したらつまらないな。また遊んでやるよ」

 依然として、シドは他者を虐げることを楽しんでいた。彼はディランの顔面に勢いよく蹴りを入れ、それからその場を後にした。



 少なくとも、奏多たちには今、二人の強敵がいる。

「立てるか? ディラン」

 奏多はディランの方へと手を伸ばした。

「うん、なんとか……」

 ディランは奏多の手を掴み、なんとか立ち上がった。そんな彼に肩を貸し、奏多は歩き始める。二人の向かう先は、自分たちの拠点である高層ビルだ。奏多は深いため息をつき、ディランと話をする。

「なあ、ディラン。今でもまだ、オレたちは誰も殺さずに済むと思うか?」

「きっと、シドやラピスにも温情はあると思う。彼らもまた、人間だから」

「アンタは優しいが、愚かだ。人の善性を妄信し、宿敵の命さえも愛する――アンタの美学は、何も救わねぇ」

 彼女の発言により、その場には重い沈黙が生まれた。

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