不可視の領域

 その頃、ハコニワシティの一角にあるとある高層ビルの屋上には、三人の人物が集結していた。一人は黄緑色の髪をした少女、もう一人は青い髪の少年、そしてもう一人は筋肉質な大男である。

「なるほど、この世界には、アタイたちみたいに百回時間を巻き戻した人間が集められるみたいだね」

 少女は言った。何やらこの三人は、ハコニワシティに新たに加わった住民らしい。青い髪の少年は妖しげな微笑みを浮かべ、何か意味深なことを呟く。

「ふふっ……面白い検証結果だね。ボクの研究には、大いに意味があったわけだ」

 何やらこの少年は、何らかの研究のために時間を巻き戻し続けたらしい。しかし彼は、この街に迷い込んだことで少しばかり困惑していた。一方で、筋肉質の男はこの街に希望を見出している。

「この街には、時間を操れるような力を持つ強者が集うのか。気に入った。この大神屠熊おおがみとぐまは、強者との戦いを好む!」

 大神屠熊と名乗った彼は、只者ではなさそうな雰囲気を醸していた。そんな彼を挑発するのは、青い髪の少年だ。

「つまりボクがキミを殺しても、それはあくまでも正々堂々と戦った結果……ということで良いんだね?」

「ほう……この大神屠熊を倒そうとは、命知らずだな。名を名乗れ、小僧」

「ボクはラピス・ラズリ。以後、お見知りおきを……ってね!」

 両者の間に、火花が散る。二人は今まさに、臨戦態勢だ。そんな彼らを止めようとするのは、黄緑色の髪をした少女である。

「アンタたち、やめなよ。アタイたちはまだ、この街の情報を十分に把握してないでしょ。第一、アタイは殺し合いなんかしたくないしさ」

 この三人の中では、彼女は比較的まともなのだろう。彼女は戦うことに消極的だった。そんな彼女の方に目を遣り、屠熊は声をかける。

「そういえば、お前の名前をまだ聞いていなかったな」

「リサ・アルカナム。よろしくね!」

「この大神屠熊は、ここの住民と馴れ合うつもりはない」

 一先ず、これで彼らは己の名前を共有した。しかし三人の仲は、極めて険悪と言えるだろう。


 そんな三人の脳内に、エレムが語りかけてくる。

「そうだ、それで良い。御主らの使命は、全ての住民を殺すことだ」

 彼女のテレパシーにより、屠熊たちは頭痛を覚える。三人は己の頭を抱えつつ、眉間に皺を寄せていた。



 *



 翌日、奏多かなたはステラの研究所を訪ねた。ステラはコーヒーを淹れ、奏多にコーヒーカップを渡す。

「おいおい……どこからコーヒーを仕入れてきたんだ? この街に天然資源なんかあったか?」

 奏多は訊ねた。彼女が確認した限り、この街には人工物と住民、そして魔物しか存在していない。そんな街にコーヒー豆が存在していることは、本来ならばあり得ない話である。


 ステラは言う。

「ワタシは魔術の専門家だ。コーヒー程度なら、無から生み出せる」

 このコーヒーは、彼女の魔術によって生み出されたようだ。奏多はコーヒーに口をつけ、それから話を切り出す。

「なかなか旨ぇコーヒーじゃねぇか。それはそうと、さっさと本題に移らねぇか? 街中を監視しているアンタが、一人の住民を監視できねぇなんてことがあるのか?」

「どういうわけか、この街には監視の及ばない領域が存在するんだ。そしてその領域は、不規則に動いたり止まったりを繰り返している。おそらく、何者かが監視下から逃れようとしているはずだ」

「へぇ……なるほどねぇ」

 奏多は歯を見せて笑った。何やら彼女は、その現象に心当たりがあるらしい。

「どうしたんだ? 奏多」

「オレの親父は、時間遡行を繰り返した末に失踪した。そして親父の魔法は、時間操作以外だと、あらゆる魔法や魔術を無効化するといったものだ。オレの親父は、間違いなく生きている」

 そう語った奏多は、確信を帯びた眼差しをしていた。

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