遺言

 奏多かなたたちは、魔物との戦いに慣れてきたはずだった。しかし彼女たちは今、苦戦を強いられている。

「おいおい……コイツら、前よりも強くなってるじゃねぇか」

「よりによって、ただでさえ強いシドが更に強くなっちゃうなんてね……」

 一体、また一体と、魔物たちは順番に二人に襲い掛かる。その強靭な腕力や鋭い爪をもってして、彼らは奏多たちをじわじわと追い詰めていく。二人の体は、再び重傷を負ってしまった。その光景を前にして、ステラは深いため息をつく。

「はぁ……やれやれだね」

 今のところ、魔物たちの敵意は彼女には向けられていない。ゆえに彼女は今、悠長な静観に徹している。そんな彼女を気にすることなく、奏多は一体の魔物を結晶に閉じ込めた。魔物は己の全身に力を入れ、結晶を粉砕した。その破片は勢いよく飛び散り、一人の傍観者の方にも飛来していった。ステラに触れた破片はすぐに粘液と化し、彼女の身にこびり付いた。その傍ら、ディランも標的のうちの一体を鉄塊の中に閉じ込めていた。無論、その鉄塊も瞬時に破壊されてしまう。その破片もまた、ステラの体に触れるや否や粘液と化した。ステラは再びため息をつき、奏多たちの戦いに介入することにした。

「まあ良い。この魔物たちの力も取り込むとしよう」

 そう呟いた彼女は、先ず一体の魔物に触れた。魔物は粘液と化し、ステラの体に取り込まれていった。それから彼女は、残る四体の魔物も同様の手段で吸収した。奏多たちが目を丸くする中、ステラは己の体の内側から湧き上がる力に酔い痴れている。

「良いね。ワタシの体から、溢れんばかりの力が湧いてくるよ。さあ、奏多。ディラン。ワタシからのサービスを受け取ると良い」

 彼女は奏多たちの方へと歩み寄った。彼女は先ず、奏多の傷口に触れた。ステラは粘液と化した皮膚を伸ばし、それから魔法を解く。これで一先ず、奏多の傷は塞がった。次に、ステラはディランの傷口にも触れた。先ほどと同様、彼の傷もすぐに修復された。


 一先ず奏多たちは、ステラに礼を言う。

「ありがとう、ステラ博士」

「あ、ありがとう……」

 最終的には全住民を結合させようとしているステラが、どういうわけか二人を助けた。無論、これには理由がある。

「礼には及ばないよ。キミたちにはまだ、生きてもらわないとならないんだ。キミたちに見つけて欲しい住民が一人いるからね」

 何やら、彼女の監視が及ばない住民が一人いるらしい。その言葉は奏多にとって、希望であり絶望でもあった。

「オレの親父……か?」

 今のところ、その謎の住民が彼女の父親である確証はない。そして、その住民の正体は、ステラ自身にもわからない。

「詳しいことは、後日、ワタシの研究所で話すこととしよう。それでは諸君、また会おう」

 彼女はそう言い残し、奏多たちの拠点を後にした。



 ディランは、己の上着のポケットに紙切れが入っていることに気づいた。彼がそれを取り出すと、そこには一通の書き置きがあった。


「ウチが生きた証を、どうか忘れないで欲しい」


 それが書き置きの内容だ。ディランは震える手で紙きれを掴みつつ、それを奏多に見せる。

「奏多、これ見てよ」

「ん?」

 奏多は書き置きに目を通した。それからディランは、恐る恐る紙切れを裏返してみた。そこに描かれていたものは、彼女たちとアトスが野原に寝そべっている光景であった。

「アトス……」

 ディランは泣き崩れた。奏多は窓の外に目を遣り、空を見上げた。彼女は感傷に浸り、深く息づく。

「はぁ……おいおい、立つ鳥が後を濁すんじゃねぇよ。あの馬鹿が……こんなことされたら、余計胸糞悪くなるだろうが」

 そう呟いた彼女の目尻からは、一筋の涙が滴っていた。


 これからの二人は、アトスの死を背負って生きなければならない。

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