粘液
翌日、クリフは相変わらず何体もの魔物を生み出していた。今回の彼の目的は、攻撃ではない。シドとの戦闘で満身創痍になっている彼の目の前に立つ者は、一人の魔術学者――ステラである。彼女は魔物に手を触れ、相手を粘液に変えた。粘液と化した魔物は、すぐに彼女の体に取り込まれてしまう。
「素晴らしい。ワタシの力がみなぎってくるようだ」
何やら彼女には、粘液に変えた相手を取り込む力があるようだ。彼女を取り巻いていた魔物たちは、あっという間に彼女自身の肉体に取り込まれた。
そんな彼女に対し、クリフは言う。
「約束は果たしたぜ。早く俺の傷を癒やせ」
彼がここに来た理由は他でもない。全ては、彼女の魔術を頼ってのことである。ステラはゆっくりと振り返り、疑念の籠もった表情を見せる。
「しかし妙だね。ワタシはキミに素性を明かしたことはないし、キミはワタシの魔術についても知らないはずだ」
言ってしまえば、二人は初対面である。彼女が怪訝な顔をするのも、当然のことだ。そこでクリフは、唐突に指笛を吹いた。彼の周囲に集まってきたのは、小さな妖精たちである。
「俺の魔法があれば、情報収集だってお手の物だぜ。コイツらがなんでも教えてくれる」
意外にも、彼の魔法はそこそこの利便性を秘めていたようだ。ステラは肩をすくめ、それからクリフの負傷部位を粘液化した。そしてそこに粘液化した皮膚を塗りたくりつつ、彼女は笑う。
「男の全身をまさぐるのって、なんだか大人の風呂屋みたいだな」
「やかましいぜ」
品のない冗談を前にして、クリフは呆れるばかりだった。やがてステラが皮膚を塗り終わり、魔法を解くや否や、彼の体の傷は完全に塞がった。
「さ、これでキミは晴れて回復したわけだ。他に用はないかな?」
そう訊ねたステラは、妙な自信に満ち溢れた表情をしていた。あのアトスを生み出しただけのことはあり、彼女の実力は未知数である。そして今まさに、クリフは彼女のマスターピース――アトスについての疑問を抱いている。
「アトスに弱点はあるか? 端的に言うぜ。俺にとって、アトスは邪魔者だぜ」
あの女がいる限り、彼がこの街を出ることは叶わないだろう。そんな彼が真っ先に始末しなければならないのは、紛れもなくアトスである。ステラは妖しい微笑みを浮かべ、近くの建物の壁を粘液化する。伸ばされた壁は魔法を解かれ、そのままの形で固まる。彼女はそこに腰を降ろし、足を組みながらクリフとの話を続ける。
「慌てなくとも、じきにアトスは死ぬだろう。奴はエレムに目をつけられたからな」
「本当か?」
「ああ。キミは先程、魔物を生み出せただろう。それこそまさに、アトスのルールの効力が弱まっている確たる証拠だよ」
普段から街を監視しているだけのことはあり、彼女はアトスの現状を把握していた。そんな彼女に対し、クリフはもう一つの疑問を抱く。
「アトスの生みの親として、オメェは何も感じないのか?」
そう訊ねた彼は、眉をひそめながら眼前の女を睨んでいた。無論、ステラにそんな温情はない。
「クオリティだけ見れば、アトスはワタシのマスターピースだね。だけど結果的に、アトスはエレムを倒せなかった。つまり結果論として、あれは失敗作だ」
「そうじゃない。オメェにとって、アトスは娘のようなものだろう?」
「違うね。ワタシがアトスを生んだのは、家畜を作ったのと同じだ。そうだな……言うならば、アトスはワタシにとって蚕のようなものなんだよ。アトスを倒したいキミからすれば、ワタシが奴に愛着を抱いていないことは願ってもないことだろう?」
――それが彼女の答えだった。彼女の言う通り、それはある種、クリフの望み通りのことである。しかし当のクリフは、どこか納得のいかない顔つきでうつむいていた。
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