摂理と混沌

企み

 翌日、シドは四対の翼を持つ修道女と対面していた。彼がこの少女を呼んだ理由は、ただ一つだ。

「テメェの仕組んだゲーム、成立してないぞ」

 それがシドの第一声だった。一方で、少女は彼が意味したことを理解している。

「アトス――だな。確かに妾は自由意志を重んじるが、あの女の存在を許せば御主らは一生この街から出られないだろう。しかしそれもまた摂理だ」

「それがテメェにとってのエンタメになるとは思えないな。少しくらい、テメェの介入によってゲームを調整しても良いんじゃないか?」

「……なるほど。御主の言う通りだ。妾を除けば、この街にアトスを超える者はいない。次第にこの街の者達は脱出を諦め、ハコニワシティに住み着くことを選ぶだろう」

 そう――この少女はエレムのアバターだ。そしてアトスを生かしておくことは、エレム自身にとってもあまり面白いことではないらしい。シドは深いため息をつき、話を続ける。

「アイツの力があれば、オレ様たちの自由意志なんざ、簡単に上書きできる」

「ああ、奴には可能だ。しかし奴はそうしない。奴もまた、人間の自由意志を重んじている」

「いずれにせよ、手を打たないとテメェを満たすエンタメは楽しめないぞ」

 己の力でアトスを倒せなければ、それ以上に強い存在を説き伏せれば良い。それがシドの秘策であった。エレムは少し考え、結論を出す。

「……良いだろう。妾の力で、アトスを消し去ろうではないか」

 あろうことか、彼女はシドの考えに賛同してしまった。しかしシドは、それだけでは満足しない。

「ただ消し去るよりも、面白い方法がある」

 そう呟いた彼は、悪魔のような微笑みを浮かべていた。エレムは彼の心を見透かし、そして無表情のまま返答する。

「なるほど、確かにそっちの方が面白そうだ。御主の案を採用しよう」

 やはり二人は、どこか似通った感性を持っているのだろう。そしてエレムは全てを超越する存在だが、感情を持っている。ゆえに彼女は利害の一致した提案をされた場合、それを呑まざるを得ないのである。



 *



 その頃、クリフは街に魔物をばら撒いていた。彼の魔法により、街の至るところに魔物が召喚される。自ら戦わずして敵に傷を負わせることが出来るのは、彼の強みだ。

「俺は絶対に、祖国を救ってみせるぜ」

 そんな誓いを口にした彼は、魔物たちが街を練り歩いていく様を眺めていた。そんな彼を驚かせる出来事が起きたのは、まさにそんな時である。


「クリフくん。申し訳ないけど、祖国のことは諦めて」


 どこからともなく、アトスの声が響き渡った。同時に、彼の生み出した魔物の全ては消滅した。そこには魔物たちが存在していた痕跡などない。彼らは皆、存在ごとこの街から消し去られたようだ。

「余計なことを……!」

 クリフは憤り、更に魔物を生み出そうとした。しかし彼の従える魔物たちは皆、生まれた瞬間に消滅してしまう。アトスの圧倒的な力を前にすれば、彼は完全に無力だ。そんな彼の前に姿を現し、アトスは言う。

「クリフくん。アンタはもう頑張らなくて良いんだよ。アンタはもう、祖国のために十分戦った。例えメフィア王国が滅びても、誰もアンタを責めはしないよ」

 メフィア王国――それがクリフの祖国の名だ。

「ほう……俺の祖国のことを知っているのか。だがそんなことはどうでも良いぜ。オメェは俺にとって、邪魔な存在――それが全てだぜ」

 そう返したクリフは、憎しみを宿した目でアトスを睨みつけた。シド同様、彼もまたアトスの存在を否んでいるようだ。一方で、アトスは焦っていた。

「クリフくん。ウチには時間がない。この街の創造主は……エレムは、ウチに自殺を図らせようとしている」

 全能の力を持つ彼女は、エレムとシドの企みも把握していたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る