ステラ博士
数十分後、
「おいおい……ここはマッドサイエンティストの住処か?」
そんなことを呟きつつ、彼女は渇いた笑みを浮かべた。彼女が廊下を突き進んでいった先には、扉が開け放された薄暗い部屋がある。そこで彼女が目にしたものは、髪を後ろに束ねた女の後ろ姿であった。女はゆっくりと振り向き、奏多に挨拶をする。
「やあ、奏多。よく来たね」
「……オレのことを、知っているのか?」
「このワタシ――ステラ・リキッドは常に、魔術でこの街を監視しているからね」
この女こそ、アトスの生みの親――ステラである。とりあえず奏多には、知りたいことが山ほどある。
「なあ、博士。床に散らばっていたアレはなんだ?」
それが彼女の最初の質問だった。ステラは両腕を組み、彼女の質問に答える。
「あれは人間の集合体だ。ワタシの魔術で結合させた」
「どういう了見でそんなことを……」
「簡単な話だ。全住民が一つの個体になれば、全員でこの街を脱出できるだろう?」
何やらこの女は、まともな神経をしていないらしい。
「おいおい……まさかアイツら、自我を持っているのか?」
恐る恐るそう訊ねた奏多は、呆れたような苦笑いを浮かべていた。その質問に対しても、ステラは淡々と返答していく。
「いや? アイツらは失敗作でね、意識や自我をちゃんと統一できていないんだ。言うならば、アイツらは廃人同然というわけだな」
「アンタ……狂ってるな」
「そうか? 魔術に失敗はつきものだろう。キミたちが生まれ持った魔法とは違い、魔術は後天的に練り上げる技術の一環だ。完璧ではない」
少しばかり、彼女は他の住民とは違う性質を持っているらしい。奏多たちが強力な魔法を生まれ持ったのに反し、ステラは後天的に魔術を習得したらしい。兎にも角にも、今は動揺している場合ではない。奏多は質問を続けることにする。
「アンタ、どうやってアトスを作ったんだ?」
「ああ、あれはワタシの最高傑作だ。あれはたくさんの魔導士のキメラでね、上手いこと結合させることが出来たんだ。混ぜ合わさった魔法は更に強力な魔法へと昇華し、アトスは晴れて全能の存在となった」
「なるほどな。アトスもまた、元々はアンタの被害者だったというわけか」
衝撃の真実を前にしても、彼女は決してうろたえなかった。その強靭な精神ゆえに、彼女は滅多なことでは動じないのだ。
「ワタシを悪人呼ばわりするのは勝手だが、まだ聞きたいことはないのか?」
ステラは訊ねた。奏多は深いため息をつき、いよいよ重要な話に移る。
「エレムについて教えてくれ。オレはアンタのやり方でここを脱する気はねぇし、エレムをブチのめさねぇと気が済まねぇ」
彼女がそう考えるのも無理はない。エレムは全ての元凶――いわば黒幕なのだ。ステラは妖しい笑みを浮かべ、その黒幕について語る。
「……アトスの力がエレムに制御されているという話は聞いただろう。我々は、この街の創造主には敵わない」
「何故そう言いきれる?」
「エレムは最上位の摂理にして、最上位の混沌だ。あらゆる摂理をもってしても、奴を縛ることはままならない。あらゆる混沌をもってしても、奴のもたらす摂理を覆すことは出来ない。言うならば、エレムは万物の頂点――そういう概念だ」
その話には妙な説得力があった。エレムがもたらした事柄を考えれば、全ての辻褄が合ってしまう。
「だからアンタは、全住民を結合させるしかねぇと踏んだわけだ」
「ご名答。キミも含め、ワタシは全ての住民を結合させる」
「そうか。アンタが何年ここで生きて、どれだけ頭を悩ませてきたかは知らねぇが、オレはアンタのやり方には賛成できねぇな」
そう吐き捨てた奏多は、ステラの研究所を後にした。
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