アトス

 奏多かなたたちが目を覚ますと、そこは彼女たちの拠点だった。そして二人の目の前では、黒髪の女が浮遊している。

「あれ……? 体が痛くねぇぞ?」

「本当だね」

 奏多たちは自分の体を見渡した。どういうわけか、その身には傷一つついていない。奏多たちは眼前の女に目を向け、一先ず礼を言う。

「アンタがオレたちを助けてくれたようだな。恩に着る」

「ありがとう。でも、どうして僕たちを助けてくれたの?」

 この街を出るには、自分が最後の生き残りになるまで戦い続けなければならない。そんな街で他人の傷を癒やすようなことは、二人からしてみれば理解の及ばないことであった。眼前の女は優しく微笑み、その真意を語る。

「アンタたちが信用に値する人間だからだよ。奏多ちゃん、ディランくん」

 何やらこの街には、奏多たち以外にも優しい人物がいるようだ。二人は胸を撫で下ろし、次の質問に移る。

「アンタ、なんでオレたちのことを知ってるんだ?」

「君の魔法は、回復魔法かな?」

「とりあえず、アンタの知ってる全てを語ってくれ」

 彼女たちには、知りたいことが山程ある。黒髪の女は少し考え、それから話を切り出す。

「ウチはアトス。この街のルールを破壊するために生み出された存在だよ。ウチがアンタたちを知っているのも、アンタたちを回復させられたのも、ウチが授かった力のおかげだね」

 何やら彼女は、只者ではなさそうだ。

「生み出された……か。つまりオレたちの他にも、平和的な解決を望んでいる住民がいるってことだな」

 頭が切れるだけのことはあり、奏多はやはり飲み込みが早かった。

「その通り。とりあえず先ずは、重要なことから順番に説明するね」

「ああ、頼んだ」

「この街はハコニワシティ……時間を百回巻き戻した者が辿り着く時間軸だね」

 何やら、奏多の立てた仮説のうちの一つが的中していたようだ。

「この街の存在意義は、目的はなんなの?」

 ディランは訊ねた。アトスは彼の方に目を遣り、それも説明する。

「この街の創造主――『エレム』は中庸を好んでる。だから適度に時間操作の存在を許すし、過剰に時間が操作されたら時間遡行者を減らすの。ハコニワシティは、そのために作られた世界なんだよ」

 この街は、世界と呼ぶにはあまりにも狭い。そんな不条理な世界に、奏多たちは閉じ込められている。奏多は少し考え、それから意外な真実を口にする。

「それならこの街には、オレの親父がいるかも知れねぇな」

 その言葉に、ディランは驚いた。彼は彼女の顔を覗き込み、恐る恐る訊ねる。

「それは一体、どういうこと?」

「オレの家系……御代一族は、時間操作を得意とする家系だ。だがオレの父親は、ある日突然失踪したんだ。当然、他人が時間を巻き戻せばオレの記憶もリセットされるわけだが……親父も百回時間を巻き戻したんだろう」

 奏多が嘘をついていなければ、それはただならぬ真実である。

「……奏多。また冗談を言ってる?」

「いや、オレは真剣だ。オレはてっきり、父親が戦死したものだと思っていたが……その死体は見つかっちゃいねぇんだ。オレの父親は、おそらく生きている。そうだろ? アトス」

 奏多はアトスの方に目を向けた。その眼差しは、真剣そのものであった。それに対するアトスの返答は、いささか不穏なものである。

「奏多ちゃんは、真実を知らないままの方が幸せだと思う。だからウチの口からは、なんとも言えないかな……」

 そんな受け答えを前にして、奏多は眉をひそめた。その言葉の真意はわからないが、奏多は今のところ、真相を知りたくて仕方がないのだ。

「答えられねぇのか。じゃあ、オレが探すしかねぇな」

 そう言い放った奏多は、すぐに窓の外を眺めた。そして街の端まで続くビル群を見渡しつつ、彼女は自らの過去を思い返していく。

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