ハコニワシティ

 翌日、奏多かなたとディランはいつものように街を散策した。無論、彼女たちは先日、致命的な傷を負ったばかりだ。二人は今まさに、他の住民たちにとっての絶好の標的であると言える。ディランは弱気なため息を零し、奏多に訊ねる。

「奏多、そんなに急がなくても、もっと体を休めてからでも良いんじゃないかな?」

 彼がそう考えるのも当然だ。もし奏多に何の考えもなければ、彼女の行動は無謀以外の何物でもない。無論、奏多には彼女なりの考えがある。

「シドの攻撃で、オレたちの体は半ば腐っている。このまま待っていても、オレたちの体が回復する目処は立たねぇだろ」

 その言い分もまたもっともである。ディランは奏多の意見に納得し、話を続ける。

「確かに、そうだね。早いところ、脱出の糸口をみつけないと」

「そういうこった。」

「ところで、シドの魔法って、どれくらいの範囲まで効果を持つのかな?」

 これからこの街で戦っていくにあたって、敵の情報を把握することは要となる。なお、奏多はすでに、あの少年の力の正体に勘付いていた。

「波が及ぶ範囲、全域だ」

「……え?」

「クリフの生み出した魔物は、シドの近くにいる奴から順番に腐っていった。そしてシドの力は、結晶の鎧を浸透してオレの体に及んだ。あの性質は間違いねぇ……波だ」

 波――それがシドの力の正体である。

「それはつまり、彼の生み出す波には標的を腐らせる力がある……ということかな?」

「オレが冗談を言っているように見えるか?」

「そう言われると、むしろそう見えるんだけど……」

 ディランは幾度となく奏多に弄ばれている。彼女がそんな彼に疑われるのも、ある種の因果応報であると言えよう。

「ああ、確かにオレはアンタをからかってきた。だがな、オレは一線を守っている。オレが、敵の嘘の弱点を伝えてアンタを殺させるような女に見えるか?」

「……わかった、今度こそ信じるよ」

「ありがとう。一先ず、シドの魔法への対策も考えておかねぇとな」

 今の二人にとっての一番の脅威――それはシドの存在だ。彼の魔法に対抗できなければ、彼女たちはいつ死んでもおかしくない。ましてや、奏多たちは今もなお満身創痍だ。

「オレに掴まってろ、ディラン」

 そう囁いた奏多は、即座にディランの手を握った。それから彼女はディランの顔を覗き込み、妖しい微笑みを浮かべる。異性の手を握ることに慣れていないディランは、少しばかり緊張している様子だ。

「あ、あ……か、奏多……?」

「冗談だよ。別に、本当に掴まってても気にしねぇけどな」

 相も変わらず、奏多は平常運転だった。ディランは手を振りほどき、それから彼女を壁に追いやる。彼の息遣いは荒かったが、それでもその表情には躊躇が現れていた。

「僕だって、男なんだよ。あまり思わせぶりな行動をしない方が良い」

「腕が震えてるじゃねぇか、意気地がねぇな」

「くっ……うぅ……」

 確かにディランは男だ。しかしそれ以上に、彼は純情すぎるのだ。奏多はまだ壁際に追い込まれたままだが、妖艶な微笑みを浮かべながら舌なめずりをしている有り様だ。ディランはすぐに壁から手を離し、それからそっぽを向いた。


 それからしばらく歩いた後に、二人はクリフに遭遇した。クリフは彼女たちを見るや否や、すぐに何体もの魔物を生み出した。魔物たちは一斉に駆け出し、奏多たちの方へと飛びかかる。

「おいおい……満身創痍の女に追い打ちをかけるなんて、男の風上にも置けねぇ奴だな」

 そんな強気な発言をし、奏多は結晶の剣を手元に生成する。一方で、クリフは彼女の発言を意に介していない。

「俺の男らしさよりも、祖国の名誉の方が大切だぜ」

 彼がそう言い放ったのと同時に、魔物の群れは奏多たちへの攻撃を始めた。

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