今後の計画
その日の晩、
「それで、これからどうするよ。ディラン」
奏多は訊ねた。無論、これは決して簡単に答えられる質問ではない。ディランは思考を巡らせ、なんとか言葉を紡ごうとする。
「言ってしまえば、この街は無政府状態……ここには秩序も法律もないみたいだね。ここで暮らしていくのは、難しいことかも知れない」
その言い分はもっともだ。この街に集められた人間のうち、少なくとも二人は奏多たちに対して攻撃的である。奏多は眉間に皺を寄せ、ディランに顔を近づける。
「……いずれ、オレはアンタを殺すかも知れねぇな」
「か……奏多……?」
ディランは耳を疑った。彼の額から、一筋の汗が滴った。直後、奏多は表情を緩め、それから大きく笑う。
「ハハハハハ! いい加減慣れろよ、オレの冗談に!」
この期に及んでもなお、彼女はディランをからかいたいようだ。
「奏多。流石に笑えないよ、その冗談は」
そう返したディランは、少しばかり怒りを覚えていた。そんな彼に対し、奏多はこう受け答える。
「アンタ、ほんの一度でもオレの冗談で笑ったことがあったか?」
無論、ディランにそんな心当たりはない。
「そりゃ、ないけどさ……」
これには彼も、しおらしくならざるを得なかった。しかし彼の言った通り、今はふざけている場合ではない。
「ま、冗談はさておき。オレは自衛以外で誰かの命を奪おうとは思っちゃいねぇ。アンタもそうだろ? ディラン」
そう訊ねた奏多は、今度こそ真剣な顔つきをしていた。ディランは彼女の顔色を伺い、それから返事をする。
「……ああ、もちろん」
「答えるまでに少し間があったな。本当はオレを殺したいのか?」
「ち、違うよ! 君がしょっちゅう僕をからかうから、迂闊に返事できないだけだよ!」
無論、奏多は彼に殺人の意志がないことを理解している。
「そんなもん、わかってるに決まってるだろ。冗談だよ、冗談」
「もう! いい加減にしてよ!」
「ハハハハ! アンタはからかい甲斐があるな、ディラン!」
何やらディランは、どうあがいても奏多にからかわれる運命にあるらしい。彼は一旦咳払いをし、話を切り出す。
「僕は人を殺さない。だけど、ここから脱出することも諦めない。住民を殲滅する以外にも、ここから脱出する方法はあるはずだ!」
そう語った彼は、真剣な眼差しをしていた。奏多は腕を組み、おそらく、今度こそ真面目な態度を見せている。
「そうだな。この街は、見るからに何者かの作為によって機能している。つまり黒幕一人をブチのめしてやれば、オレたちは晴れて自由の身ってわけだ」
「そうだね。こんな理不尽なルール、僕たちでぶち壊すしかないよね!」
「……ところで、どうだ? オレが真面目だと、それはそれで調子が狂わねぇか?」
やはり奏多は奏多だ。彼女は今この瞬間もなお、不真面目な言動をする機会をうかがっている。ディランは深いため息をつき、呆れたような声で返答する。
「頼むから、ずっと真面目なままでいてくれないかな?」
それは彼にとって、切実な願いだった。しかし彼の願いは、そう簡単には叶わない。
「不真面目な女は嫌いか? オレも随分嫌われたもんだな」
「い、いや……冗談なのはわかるけど、嫌いって答えづらいじゃないか!」
「ハハハハ! それさえもわかっててわざと言ってんだよ!」
結局、奏多は一枚上手なのだ。ディランは肩を落とし、渇いた愛想笑いを浮かべる。
「君は、本当に頭が良いね」
「お、冗談か? 皮肉か? 褒め言葉として受け取ってやるから感謝しろよ」
「ははは……」
もはや彼に、奏多に敵う手段などなかった。
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