今後の計画

 その日の晩、奏多かなたとディランは自分たちの拠点である高層ビルの一室に居た。シドや魔物との戦いを経て、今の二人は満身創痍だ。一先ず体を休めなければ、彼女たちが戦線に復帰することは叶わないだろう。

「それで、これからどうするよ。ディラン」

 奏多は訊ねた。無論、これは決して簡単に答えられる質問ではない。ディランは思考を巡らせ、なんとか言葉を紡ごうとする。

「言ってしまえば、この街は無政府状態……ここには秩序も法律もないみたいだね。ここで暮らしていくのは、難しいことかも知れない」

 その言い分はもっともだ。この街に集められた人間のうち、少なくとも二人は奏多たちに対して攻撃的である。奏多は眉間に皺を寄せ、ディランに顔を近づける。

「……いずれ、オレはアンタを殺すかも知れねぇな」

「か……奏多……?」

 ディランは耳を疑った。彼の額から、一筋の汗が滴った。直後、奏多は表情を緩め、それから大きく笑う。

「ハハハハハ! いい加減慣れろよ、オレの冗談に!」

 この期に及んでもなお、彼女はディランをからかいたいようだ。

「奏多。流石に笑えないよ、その冗談は」

 そう返したディランは、少しばかり怒りを覚えていた。そんな彼に対し、奏多はこう受け答える。

「アンタ、ほんの一度でもオレの冗談で笑ったことがあったか?」

 無論、ディランにそんな心当たりはない。

「そりゃ、ないけどさ……」

 これには彼も、しおらしくならざるを得なかった。しかし彼の言った通り、今はふざけている場合ではない。

「ま、冗談はさておき。オレは自衛以外で誰かの命を奪おうとは思っちゃいねぇ。アンタもそうだろ? ディラン」

 そう訊ねた奏多は、今度こそ真剣な顔つきをしていた。ディランは彼女の顔色を伺い、それから返事をする。

「……ああ、もちろん」

「答えるまでに少し間があったな。本当はオレを殺したいのか?」

「ち、違うよ! 君がしょっちゅう僕をからかうから、迂闊に返事できないだけだよ!」

 無論、奏多は彼に殺人の意志がないことを理解している。

「そんなもん、わかってるに決まってるだろ。冗談だよ、冗談」

「もう! いい加減にしてよ!」

「ハハハハ! アンタはからかい甲斐があるな、ディラン!」

 何やらディランは、どうあがいても奏多にからかわれる運命にあるらしい。彼は一旦咳払いをし、話を切り出す。

「僕は人を殺さない。だけど、ここから脱出することも諦めない。住民を殲滅する以外にも、ここから脱出する方法はあるはずだ!」

 そう語った彼は、真剣な眼差しをしていた。奏多は腕を組み、おそらく、今度こそ真面目な態度を見せている。

「そうだな。この街は、見るからに何者かの作為によって機能している。つまり黒幕一人をブチのめしてやれば、オレたちは晴れて自由の身ってわけだ」

「そうだね。こんな理不尽なルール、僕たちでぶち壊すしかないよね!」

「……ところで、どうだ? オレが真面目だと、それはそれで調子が狂わねぇか?」

 やはり奏多は奏多だ。彼女は今この瞬間もなお、不真面目な言動をする機会をうかがっている。ディランは深いため息をつき、呆れたような声で返答する。

「頼むから、ずっと真面目なままでいてくれないかな?」

 それは彼にとって、切実な願いだった。しかし彼の願いは、そう簡単には叶わない。

「不真面目な女は嫌いか? オレも随分嫌われたもんだな」

「い、いや……冗談なのはわかるけど、嫌いって答えづらいじゃないか!」

「ハハハハ! それさえもわかっててわざと言ってんだよ!」

 結局、奏多は一枚上手なのだ。ディランは肩を落とし、渇いた愛想笑いを浮かべる。

「君は、本当に頭が良いね」

「お、冗談か? 皮肉か? 褒め言葉として受け取ってやるから感謝しろよ」

「ははは……」

 もはや彼に、奏多に敵う手段などなかった。

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