エンターテインメント
その頃、シドは路地裏に居た。彼は空を見上げ、邪悪な笑みを浮かべる。
「おい、見てるんだろ? 創造主! テメェの作った世界、面白ぇじゃねぇか!」
奇しくも、彼は奏多と同じ憶測を立てていた。彼もまた、何者かの作為の介入を信じて疑わなかったのだ。その時である。突如、シドは軽い頭痛を患った。彼の脳内に、何者かが語りかけてくる。
「御主がこの世界を楽しんでいることは存じている。妾はこの世界だけではなく、オムニバースの全てを支配している」
それは透き通るような女の声であり、
「御主が頭に思い浮かべた疑問は、妾が本当に御主の生い立ちを知っているのか、そして妾が何者なのか……だろう?」
シドは驚いた。声の主は、見事に彼の考えていることを言い当てたのだ。彼は歯を見せて笑い、その場に腰を降ろす。
「これだけはオレ様の声で言わせてくれ。テメェ、面白ぇ奴だな」
「御主はアクリル帝国の独裁者……王位を巡って家族を皆殺しにし、その座に君臨した。そして御主は反乱軍を殲滅し、残る一人を百回も殺害した」
「ああ、そうだ。そんなオレ様を裁こうってか?」
シドは妙に強気だ。一方で、創造主と思しきものにそんな意志はない。
「妾はただ力を持っているだけだ。御主の生い立ちを見る限り、御主の方が面白い人物と言える」
「はは、買いかぶるな。いくら冷血なオレ様でも、流石に上位存在を喜ばせるほど狂っちゃいねぇよ」
「行動だけ見ればそうだろう。しかし妾は、御主の心も見透かしている。ゆえに御主が他者を虐げる時、如何に恍惚としているのかも理解している。目に映る全ての弱者の苦しみに、御主は欲情している。だから面白い」
声の主は上位存在だが、人並みの倫理観を持ち合わせてはいないようだ。
「それは、人間の醜さを嘲笑っているのか? それとも、オレ様の邪悪さを特別視しているのか?」
シドは訊ねた。無論、創造主は彼の心を見透かしているため、わざわざ質問を声に出す必要はない。創造主は無機質な声のまま、己の考えを語る。
「善悪などどうでも良い。そして人間が愚かなのではなく、妾が世界を理不尽に創っただけだ。感覚的には、御主ら人間が本や映画を楽しんでいるのと同じだと思えば良い。人間は妾のエンターテインメント……それ以上でもそれ以下でもない」
意外にも、この上位存在は人間を嫌ってはいないらしい。そんな彼女の気持ちを、シドは奇しくも理解してしまう。
「テメェから見れば、オレ様も弱者ってわけだ。わかるよ、オレ様も自分より弱い人間をエンタメだと思ってるからな」
「素晴らしい。やはり御主はただの凡愚ではない。知能は他の人間と変わらないが、御主はその感性をもってして妾の最大の理解者となれるだろう」
「ああ。だからムカつくんだよ。オレ様が弱者に向けている目が、テメェからオレ様たち人間に向けられているわけだからな」
弱者を見下している彼も、結局は人間だ。己がエンターテインメントとして消費されることを、彼はまったくもって面白いとは思っていない。しかし彼は不平を言うつもりはない。何故なら、彼にはそれ以上に気になることがあるからだ。
「テメェはおそらく全能だ。だが、テメェの想定外のことは発生する。これはどういう理屈なんだ?」
それは当然の疑問である。それに対し、創造主は常人の理解の及ばない返答をする。
「妾は中庸を愛する。ゆえに運命に抗える自由意志の存在を保証する。その自由意志をもって、もっと妾をもてなすが良い。機会があればまた話そう……シド・アクリルよ」
彼女がそう言い残すや否や、シドの頭痛は瞬時に治まった。
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