開戦

軍人

 翌日、奏多かなたとディランは再び街を散策した。彼女たちの目的は、ただ一つだ。

「良いか? ディラン。もしかしたら、殺し合い以外にもここから脱出する糸口はあるかも知れねぇ。一応、調べてみた方が良いだろう」

 この街はいささか、住み心地が悪い。脱出できるものであれば、二人がそれを望むのも当然だ。

「そうだね、奏多。もしここから出ることが出来たら、是非君にも僕のお気に入りのハンバーガーを食べさせたいよ。凄く美味しいんだよ? 大きな肉が挟まっていて、野菜も豊富でさ」

 そう語ったディランは、希望に満ちた笑みを浮かべていた。そんな彼に対し、奏多は訊ねる。

「ずいぶんと嬉しそうだな。まだここから出られる保証はねぇってのに」

「君と一緒なら、ここから出られる。そんな気がするんだ」

「はぁ……あまりオレを買いかぶるなよ? オレは数えきれないくらい、世界を救うことに失敗してるんだから」

 そう――彼女はこの街に来るまでに、幾度となく時間を巻き戻してきた。それは彼女の力が、ディスペアの強さに及ばないことを示唆している。それでもディランは、彼女を信じるだけだ。

「君ならきっと成し遂げられる。君は、そういう目をしているから」

「あのなぁ。どっちにしても、オレたちは別々の世界からここに辿り着いたんだぞ? 仮にオレたちがここを脱出できても、帰る場所は違ぇだろ」

「あっ……そういえばそうだったね」

 彼は肩を落としつつ、愛想笑いを浮かべた。そんな彼に対し、奏多はこう続ける。

「第一、同じ言語で会話ができていること自体、奇跡だろ。そうでなければ、これも何者かの作為によるもんだ。いや、そのセンが怪しいとオレは踏んでいる」

 どういうわけか、二人は一貫して話がかみ合っている。別々の世界から来たはずの彼女たちが、同じ言語を用いて話をしている。それが妙なことであると考え、奏多は作為の存在を疑っているのだ。


 そんな二人の前に、緑のジャケットを着た男が現れた。

「オメェたちも、ここの住民か?」

 男は訊ねた。

「ああ、そうだ。つまり、アンタもだな」

 奏多はすぐに身構え、眼前の彼を睨みつけた。男は肩をすくめ、彼女をなだめる。

「先ずは、自己紹介が先だぜ。それと、オメェらがどういった経緯でここに辿り着いたのかも気になるところだぜ」

 ここにいる全員が、異様な状況下に置かれた当事者だ。奏多は構えを解き、ディランと共に自分たちの知る全てを話した。


 今度は、緑のジャケットの男が自己紹介をする番である。

「俺はクリフ・ヴァーティカルだぜ。メフィア王国の軍人で、祖国の敗戦を食い止めるために時間をやり直してきた男だぜ。何度も、何度も……数えるのも諦めるほどにな」

 何やら彼も、時間を何度もやり直してきた手合いらしい。ここで奏多は、二つの仮説に辿り着く。

「人がこの街に迷い込む条件で考えられるものは、二通りだ。単純に時間遡行の回数が基準となっているか、あるいは時間遡行を行った際に低確率でここに辿り着くかだ。後者の場合でも、時間遡行を何度も繰り返せばここに辿り着くだろう」

 それが彼女の立てた推論だ。ディランとクリフは彼女の言葉に聞き入り、無言で相槌を打った。


 その時である。


「よぉ。こんな場所に来て、テメェらは慣れ合いでもしてんのか?」


 突如、その場に若い男の声が響き渡った。奏多たちはすぐに、声のした方へと目を向ける。そこにいたのは、金色の上着に身を包んだ少年であった。

「せっかく三権の成り立たない無法地帯に来たんだ。オレ様と遊ぼうぜ!」

 そう言い放った少年は、自信に満ち溢れた顔をしていた。奏多たちは咄嗟に身構え、闘志に満ちた目を彼に向ける。奏多は不敵な笑みを浮かべ、強気な宣言をする。

「ここにアンタのママはいねぇ。じゃあ、誰に泣きつくんだ?」

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