拠点

 爆発の煙が鎮まった時、そこには一組の男女の姿があった。それは奏多かなたとディランだ。二人は魔物の群れとの戦いに勝利し、今日という日を生き延びたのだ。彼女たちは一先ず魔法を解き、辺り一面に張り巡らされていたワイヤーを消す。両者ともにアイコンタクトを取り、そして笑いだす。

「ハハハ! アンタ、意外と見上げた根性してたじゃねぇか! 気に入ったぜ、ディラン!」

「ふふっ……君が強いのは、口先だけではないみたいだね」

 この戦いを経て、二人は更に打ち解けたようだ。しかしこの街に閉じ込められてしまった以上、彼女たちには戦闘以外にもやるべきことがある。

「オレたちの拠点を探そう、ディラン。といっても……建物なんかそこらじゅうにあるみてぇだけどな」

「あっちに見える高層ビルで良いんじゃない? 街を見渡すにはちょうどいいと思うよ」

「最高だな。行くぞ、ディラン」

 奏多はディランを連れ、一際高いビルが見える方へと突き進んでいった。


 そんな二人の様子を、ビルの屋上から眺めていた者がいる。それは緑色のコートを羽織った男である。

「今日は小手調べだけで十分だぜ」

 そう呟いた彼は、巨大なカラスをその場に生み出した。そして男はそのカラスの足に捕まり、いずこへと飛び去っていった。



 あれから数十分後、奏多たちは目的の高層ビルへと到着した。自分たちが何者かに狙われていることなどつゆ知らず、二人は玄関に立ち入る。もはやこの街にビルの管理人などいないのか、鍵は施錠されていない。しかしどういうわけか、照明は眩い光でフロアを照らしている。

「こんな狂った街でも、電気は通ってるんだな。ガスと水はどうなんだろうな」

 そう呟いた奏多は、冗談めかした態度であった。一方で、ディランは真剣そのものだ。

「水とガスがなければ、シャワーすら浴びられないね……」

 そんな懸念を零した彼に対し、奏多は再び冗談を言う。

「なんだ? オレと一緒に入りてぇのか?」

「そっ……そんなこと言ってないでしょ!」

「オレと一緒は、嫌か?」

「い、いや……そういうわけでも……」

「ハハハ! 冗談だよ」

 相変わらず、彼女は人をからかうのが好きな女だ。ディランは耳の先まで赤くなり、無言でうつむいた。


 一先ず、奏多たちはエレベーターを見つけ、ボタンを押した。エレベーターは正常に機能しており、すぐに二人の前に到着した。

「エレベーターのメンテナンスなんて、誰も出来ないよね? この街は、どうやって成り立っているんだろう……」

 ディランは素朴な疑問を口にした。それに対し、奏多は推論を述べる。

「この街に来た者は、最後の生き残りになるまで脱出できない。だが一度に二人以上の人間が、偶然にも同時に時間をやり直すようなことは考えづらい」

「確かにそうだね……時間操作能力は、そうありふれたものでもないし」

「おそらく、いかなるタイミングで時間を巻き戻しても、オレたちは同じ時間に飛ばされるんだろう。だからこの施設も新品同然なんだ。おそらく……な」

 推論はどこまでいっても推論だ。それを理解している奏多は、何事も断言しなかった。


 二人がそんな話をしているうちに、エレベーターは最上階にたどり着いた。奏多は廊下を練り歩きつつ、ディランに提案する。

「せっかくだし、一番豪勢な部屋にしねぇか?」

「良いね、それ。といっても、ここには誰もいないし、実質このビルの隅から隅までが僕らの拠点と言えるね」

「ハハハ。違いねぇな」

 さっそく、二人は部屋の扉を一つずつ開けていった。しかし部屋の内装に差異はない。いずれも、質素かつ無機質な部屋であった。最低限、ダブルベッドや水面台、歯ブラシやコップなどは用意されていたが、そこにトイレと思しきものはない。

「期待外れだな。とりあえずこの部屋で良いか」

 部屋を吟味する必要がないと踏んだ奏多は、一つの部屋を無作為に選んだ。

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