腐食

 少年は笑う。

「オレ様に血と涙は流れてねぇよ、虫けらども!」

 直後、奏多かなたたちの身はじわじわと腐り始め、それは体の外側から内側まで侵食していった。血の巡りの悪くなった肉体で意識を保つことは難しい。ディランは剣を生み出し、少年の方へと駆け寄った。しかし、剣は一瞬にして錆の粉と化し、風の中に消えていった。続いて、クリフは魔物の群れを召喚した。その光景を前に、奏多は一つの真実にたどり着く。

「あの化け物、アンタが生み出していたのか!」

「オメェも俺の魔物に会ったらしいな。だが今は、共闘する他ないぜ!」

「それもそうだな……」

 相手は触れてもいない物質を腐食させる力を持っている。案の定、魔物たちは一瞬にして肉塊と化し、地面に崩れ落ちていった。

「なんて強さだ……あの野郎……」

 そう呟いた奏多は、ダイヤモンドの鎧をまとい眼前の強敵との間合いを詰める。鎧には傷一つつかなかったが、彼女の身は再び腐食されてしまう。

「コイツ……やべぇ!」

 奏多は一心不乱に剣を振った。今まで余裕を見せてきた彼女の顔からは、余裕綽々とした笑みが消えていた。そして彼女は幸運にも、少年の腹部に深い切り傷をつける。少年は深いため息をつき、肩をすくめる。

「ああ、宝石はそう簡単には腐らねぇな。だがオレ様は、テメェらを殺すつもりはない」

「じゃあ、アンタの望みはなんだ?」

「他人を虐げ、苦しませること……それがオレ様の……シド・アクリル様の全てだ!」

 シドと名乗った彼は、悪意の籠もった笑みを浮かべていた。奏多は不敵な笑みを返し、彼に言う。

「口先だけは達者だな。アンタはその口でママのおっぱいでもしゃぶってんのがお似合いだ」

 無論、強気なのは彼女だけではない。シドは彼女の挑発を鼻で笑い、こう切り返す。

「あまりオレ様を挑発するなよ? この魔法は少々、手加減が難しいんだ。オレ様は玩具を壊したくはないからな」

 さっそく、彼は次の攻撃に移った。彼はその場から一歩も動かずに、何らかの魔法によって奏多たちの身を腐らせる。彼女たちはその苦しみに耐えられず、息を荒らげながら地に膝をつく。その前方では、シドが自分の腹をさすっている。

「ふぅ。これ以上やったら死ぬだろうな、テメェらは」

 その余裕綽々とした態度を前に、奏多、ディラン、クリフの三人は悔しさを噛みしめる。

「クソッ……ナメやがって!」

「僕はただ、平和に生きたいだけなのに……」

「なんなんだ……オメェは一体……」

 彼女たちがうろたえるのも無理はない。三人が力を合わせて、シドの腹に切り傷を負わせるのが限界だったのだ。その上、当のシドはまるで本気を出していない。その圧倒的な力量差を前にして、三人は絶望した。


 しかしシドには、彼女たちを殺す理由がない。

「また遊ぼう、虫けらども」

 そう言い残した彼は、すぐにその場を後にした。



 奏多はゆっくりと立ち上がり、ディランとクリフに手を貸した。残る二人も肩で呼吸をしつつ、なんとか立ち上がった。さっそく奏多は、クリフに協力を持ちかける。

「なあクリフ。オレたちと協力しねぇか」

「断るぜ」

 それがクリフの答えだった。

「おいおい……あのシドとかいうガキをぶっ倒さねぇと、オレたちに自由はねぇんだぞ?」

 奏多はそう言ったが、クリフが考えを変えることはない。

「全ての住民は敵だぜ。この街は、そういう街だろう?」

「違う! オレたちはわかり合えるはずだ! クリフ!」

「世迷い言を……ここから出られるのは、最後の一人だけだぜ。俺は絶対に、この街から出て祖国を勝利に導くぜ。絶対に……だぜ」

 そう語った彼は、使命感を帯びた目をしていた。彼を突き動かすものは私利私欲ではなく、純然たる愛国心だ。クリフは五体の魔物をその場に生み出し、即座にその場を後にした。

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