第四話 ただ好きと言いたいだけの私の顔なんか

✳︎✳︎✳︎ 栞side ✳︎✳︎✳︎


 み、美織ったら……。まぁあの子らしいけどね。


「じゃっ、お店に向かおっか」


 あっ、疾音ちゃん、スマホでもう人数変更してる。三人から二人。テーブル席なら三人も二人も一緒よね……って、二人っきりで食事⁈


 えっ、良いの!


「そ、そ、そうね。疾音ちゃんが予約してくれたし。い、一緒に食べましょう」


 並んで歩く二人の距離は二十センチ。

 あの時のベンチから縮まった三十センチ。


「美織ったら相変わらずよね。あ、栞ちゃん、好きよ」


 うぅ……脈絡のない告白混じりのセリフ。聞こえていないフリなんて……そろそろ無理よ。それだけ無視して答えるのも辛くなってきた。


(ぎゅっ)

「……そうね。ねぇ、お寿司のネタだと何が好き?」


 でも、私、負けない!

 手を握るのはやめないわ。疾音ちゃんはね、絶対に嫌がったり、距離を取ったりはしないのよ。ただ……力を入れてくれない、決して握り返してくれない、決して指を絡めてくれない……ねぇ、何故っ?


「ねぇ、疾音ちゃん、何で手を握り返してくれないの?」


 思わず言っちゃった! もうどうなっても知らない! どうせ私のことがホントはキラ……ダメ、想像するだけで悲しくなる。泣きたくなる。


「じゃあ栞ちゃんだって、なんで私に好きって言ってくれないの?」


』とか『』ということは、疾音ちゃん、私が好きなんでしょ? 分かってるなら良いじゃない! 私はで貴女を傷つけることが怖いのよ。言葉はナイフより鋭く傷つけることもできるのよ。


 それに……言葉が出てこないのよ。どんな言葉を使っても、私の今の心の中を表現するには『好き』以外を思いつけない。あぁ、不甲斐無くて涙が出る。


「栞ちゃん、泣いて――」

「――泣いてない」


 いや、泣いているわよ。でもダメ。疾音ちゃん、貴女は優しいから。多分貴女は諦めて、優しく声を掛けてくれるわ。

 違うっ! ただ抱きしめて欲しいだけなのに!

 言葉のやり取りなんてあやふやなゲームに参加せず、早く私を強引に抱きしめなさい!


 そうしないと、もう、貴女に告白するのを止められる自信が無い……ダメよ、もう決めたんだから!

 あぁ、もう分からない! どうしたら良いか分からない! 泣き顔は見せたくない、疾音の心配する顔なんて見たくない、ただ好きと言いたいだけの私の顔なんか見せたくないっ!

 貴女が好きってことぐらい察しなさい!


 うぅ、疾音めー……泣き顔なんて見ないでよ!


「……何よっ」


 どうせ、私のことが嫌いなんでしょ! どうせ、私のことをはしたない女だと思ってるんでしょ!


 嫌い……嫌い……なんて……イヤっ!

 もうダメ、このままここに居たら、栞が私に愛想を尽かしちゃう! 嫌われちゃう!


(タタタッ……)


 ダメよ、もう、どこかに……もう逃げるっ! 疾音から離れるのよ! 何処でもいいから逃げるしか思いつかない!

 疾音、私を止めなさいっ!


「栞ちゃん!」


 と、止めてくれた。止めてくれた? 止めてくれたよね! ということは……どういうこと?

 疾音は私に離れて欲しくないのよね!

 顔がニヤけちゃう。でも油断しちゃダメよ。私は面倒臭い女なのよ!

 って、今のカッコよくない? 自虐的だけど自立してる自信満々な感じ。よし、両手を腰にしてポーズ決めちゃう。微笑まないわよ、まだ疾音に優しくして欲しいからね……って、あれ? 疾音ったら何か余所よそごと考えてるっぽいし……今は私のことだけ考えなさい!

 よーし、キライって叫んじゃおうかなー、ふふーん。


(パパパーン!)


 きゃっ! クラクション? うわっ、ヘッドライト眩しっ!

 えっ? 何? 車よ、乱暴よ、突っ込んでくるわよ?


 えーーーっ! 怖い、か、身体動かない、私轢かれちゃうのーー?




✳︎✳︎✳︎ 疾音side ✳︎✳︎✳︎


「じゃあ栞ちゃんだって、なんで私に好きって言ってくれないの?」


 何故? 何故? 私はいつも夢を見るのよ。初めて会った時と同じ微笑みを浮かべながら好きよ、と言ってくれることだけを。


 もう栞ちゃんを見ていると、耐えられない。栞ちゃんの手の感触を思い出すと我慢できない! 手を強く握り返し、指を絡め、腰を抱き締めて、優しくキスをしたくなる。

 でも、それはダメ。自由な貴女が好きなの。触れ合い過ぎれば、それは必ず貴女を縛ってしまうわ。

 だから、ただ『好き』と言い合いたい……のよ。


(ぐすっ)

 あっ、栞ちゃんが泣いている。


「栞ちゃん、泣いて――」

「――泣いてない」


 大切な人が泣いている。涙は見えない。けれど泣いている。

 どうしたら良いの? こういう時の為に美織がいるのに……じゃないよね。どうしたら良いかは分かってる。ただ手を握り返せば良い。手に力を込めるだけで栞は笑顔になるだろう。

 それが、仕方なく、一時凌ぎで、泣いている子を宥めるためだけの心のこもっていないものだとしても栞は優しいから笑顔を見せてくれるだろう。

 でも……そんなのはイヤ! 私が許さない。そんな中途半端な行為は絶対に許さない。


 気づいてよ!

 手を握り返せる訳がないのよ。あなたを束縛したくない、嫌われたくない!


 わぁ……涙がヘッドライトに照らされて時折輝いている。綺麗……って見惚れてちゃダメ。

 あっ、栞が見てるのに気づいた。涙を見られて気まずそうよ。


「何よっ」

(タタタッ!)


 栞が手を振り払って走り出した……あぁ、私から離れていく栞。走る姿がスローモーションに見える……じゃなくて、そっちは車道よっ!


「栞ちゃん!」


 良かった……足を止めてくれた。

 でも、車道ギリギリよー。冷静じゃない栞は突拍子もないことするから怖いよー!

 怪我をしちゃう、事故っちゃう!


 距離は二メートル……たった二メートルなのにヘッドライトに照らされて逆光で表情すら分からない。ダメ……怖い……この二メートルは……私の言葉じゃ栞をこちらに歩かせられない、引き戻せない。


(パパパーン!)


 乱暴なクラクションだなって、栞の方に凄いスピードで車が突っ込んでくる!

 きゃー! 変な言葉を掛けたら……変に手を伸ばしたら……栞ちゃん、車道に飛び出て事故っちゃう!


 もう、悩んでる場合じゃない!

 動けっ!

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