第二話 バッカみたい!

(ピーヒョ、ピーヒョ、ピー!)

 ここの公園のベンチ、パン屋さん帰りに良く使うのよ。今は新緑の季節。ヒヨドリの「ピーヒョ、ピーヒョ」って鳴き声も素敵なのよ。


「ここで食べるのはどう?」

「うん、そうしましょう」


 そうね。クラスメイトだけど接点無かったものね。だから五十センチ程離れて座るのが普通。偶に居る距離感バグってる子は初対面でもくっついてくるけど、石川さんもそういう人では無いのね。安心したわ。


「み、み……み? えーっと……」


 あら、石川さん私に声掛けようとしてまた狼狽えてる。ふふふ、まぁ、少し珍しい苗字だからなぁ。


「三隈よ」

「三隈さん! 三隈栞さん……よね?」

「はい、石川疾音さん。思わず声かけちゃった……」




✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ 疾音side ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 思わずお誘いに乗ってしまった……。

 しかし、ニコッと微笑む、み、みみ……栞ちゃんの笑顔になんかドキドキするわ。だって、文学少女の柔らかな微笑みよ。私も部活ノリで大声で挨拶とかは誰にでもできるけど……うはぁ、こういうのは緊張しちゃう。


「へへへ……」


 愛想笑いしかできないー……。栞ちゃんみたいに話せよー。


「まず食べよっか。折角だし……って、それ自分の分だよね?」


 良かった。お喋りタイムが始まったらクリームパンお預けになっちゃう。気が合いそうね。


「……う、うん。妹に買う時は二つ買うよ。今日は独り占めのつもりだったから……へへ、ここで食べちゃうのは良い考え!」


 あれっ? なんかこっち見て固まってる。


「いかんいかん……余分なこと考えちゃう。早速頂きましょう!」

「ん? うん。食べましょう」


 栞ちゃん……漫画も読んでたけど小難しい本もよく読んでる子よね。まぁあの辺りの子達の中では社交的に良く喋る子。しかし……長い黒髪が綺麗。うわっ、まつ毛も長い! 足ほっそ! わー、お腹ぺたんこよ。それでも絶対に腹筋割れてないんだろうな……。


(ごそごそ)

 平べったいクリームパン、味は変わらないからね。さーて、今週のクリームパンタイムの始まりー!


(ぱくっ)

「「んー……」」


 やっぱり美味しいわー。


「しかし……私はダメだけど石川さん。貴女はパン掴むの上手ね」

「んー、美味しい……ん? そうそう、見てたわよ。ふふふ、ホント下手っぴだったわ、えーっと……栞!」


 わーお、思わず『栞ちゃん』って言っちゃった。また苗字忘れたから『栞』って呼ぶつもりだったのよ。でね、パターンとしては『さん』呼びはやめてねって言われて『じゃあ互いに名前で呼びましょう』が今までのパターンよ。


 よし、とりあえず微笑んでみよう。

(ニコッ)


 キョトンとしてるー。なんか距離の詰めかたがギャルの子みたいよ。あーん……ちょっとどうしたら良いか分かんなくなってきた。


「でも疾音の平べったいクリームパン、既に別物よ。お好み焼きパンみたい」


 栞ちゃんも『ちゃん』呼びしてくれた! ニコニコしてる! 良かったー。

 なんか……気を遣ってくれたんだよね? この子、優しい。


「し、栞ちゃんのパンだって、まるで……ゆ、雪だるまよ!」


 声が上擦っちゃう……でも……ふふふ、ニコニコしながらクリームパンにかぶりついちゃって!

『そう、それで良いのよ』って言ってくれてるみたい。

 言葉には何も出さずに私を認めてくれた!

 なんかすごく嬉しい!


「栞ちゃん、好きよ」


 あっ……やっ……やってしまった。いつも感情が高ぶると直ぐに『好き』とか言っちゃう……。友達からもそのクセ直さないと変に誤解されるって注意されてるのよ……。あーん、失敗!

 やっぱり栞ちゃんもびっくり顔よ。変なこと言う子って思わないでー。あぁ、食べ終わっちゃった……ハンカチで口拭いてる。レースの水色のハンカチ可愛い。このまま『サヨナラ』って言われたら悲しいなぁ……。


(ぎゅっ)

「友達から始めましょう」


 あらっ、両手を握ってくれるの。少しだけ上目遣いの栞ちゃん、やっぱりまつ毛長いなぁ……距離が近くて緊張しちゃう……って、えーっ! やったー、友達だって。良かったー。

 これはアガるよー!


「あはっ! ありがとう。すごく嬉しいわ。大好き……よ」


 またやっちゃったーっ。今度は『大好き』って、まぁ良いか。栞ちゃんのこと凄く大好きになったから。わーい、友達増えたー!

 しかし……手が温かい。ギュッと握られると照れるー。うーっ、顔が火照るのが分かる。私も気をつけないと。ボディータッチはね。私からは控えましょう。


「私も嬉しいわ。疾音ちゃん、じゃあまた明日会いましょう」


 あれ? なんか雰囲気が変わったわよ。クールな感じ! こういう栞ちゃんも好きね。


「うん、また明日ね、栞っ……ちゃん」


 危ない危ない。呼び捨てにするところだった。まだ早いかな? わーい。もう明日が楽しみ。明日は部活休みだから一緒にお茶しよっと!

 へへへっ、元気になってきた。手を振りまくっちゃおう!

(ぶんぶん!)


「栞ちゃん、クール! 格好良いかっけー! よーし、友達ゲーット!」




✳︎✳︎✳︎ 栞side ✳︎✳︎✳︎


「へへへ……」


 疾音ちゃん、嬉しそう。良かった。誘っちゃったけど、無理矢理っぽかったから。

 よし、まずはスイーツの時間よ!


「まず食べよっか。折角だし」


 あっ! 一個しか買ってなかったけど……疾音ちゃんの分よね、あれ?


「……って、それ自分の分だよね?」

「……う、うん。妹に買う時は二つ買うよ。今日は独り占めのつもりだったから……へへ、ここで食べちゃうのは良い考え!」


 へー。妹いるんだ。しかし……膝上スカートから伸びる細い足、ショートの似合うその小さな頭。なんかスポーツ系美少女を体現するかのような姿よね。正直尊いわ!


「いかんいかん……余分なこと考えちゃう。早速頂きましょう!」

「ん? うん。食べましょう」


 ふー、急にじっと見たら失礼よね。

 あっ、そうか……同じ感情を共有すれば仲良くなるはず。では、そっと気配を感じて……タイミングを合わせて……一緒に美味しさを味わいましょう!


(ごそごそ)

 エコバッグから取り出すタイミング、一瞥するタイミングを合わせてー、よし、同時にー、それっ。


(ぱくっ)

「「んー……」」


 これは美味しすぎよ。例えるなら……『ふわふわのメリーゴーランドに乗りながら口から虹が出てくる感じ』ってダメね。私は一生食リポはしない。いま心に誓ったわ。

 そうそう、インタビューしないと。


「しかし……私はダメだけど石川さん。貴女はパン掴むの上手ね」

「んー、美味しい……ん? そうそう、見てたわよ。ふふふ、ホント下手っぴだったわ、えーっと……栞!」


 あら、もう名前の呼びなの? 仕掛けが早いわ。『兵は神速を貴ぶ』。流石はスポーツ美少女……と思ったけどなんかあたふたしてるわよ? もしかして苗字を忘れて、思わず言っちゃった感じかな?

 でも……悪い気はしないわね。

 へへへ、『栞ちゃん』だって。嬉しい。それに少し狼狽えてるの可愛い! もう少し見ていたいけど可哀想だから助け舟。


「でも疾音の平べったいクリームパン、既に別物よ。お好み焼きパンみたい」


 はい。これでよ。あらあら、嬉しそうな顔に変わったわ。うふふ、良かった。

 しかし……なんか子犬みたいね。


「栞ちゃんのパンだって、まるで……ゆ、雪だるまよ!」


 ふふふ。そう、それで良いのよ。疾音ちゃん。私達はもう呼びする仲なんだから。美味しいクリームパンを食べたら友達が増えるというのは、控えめに言ってキセキよね。あぁ、今日は良い日だわ。


「栞ちゃん、好きよ」


 ななな……何を……えっ? もしかして、こ、好意を示してくれた?

 お、落ち着きなさい。よもや恋愛の『好き』でもあるまいし……この時期の女子特有の『カワイイ』と同類の表現と認識するのが正しかろう。


 よしっ、私はまだ冷静よ。


 まずはクリームパンを食べちゃいましょう。ハンカチを出してっと……うーん、よしっ、ここは『プランA』としましょうか。手早くお淑やかに口と手を念入りに拭いてっと。


 えいっ! 親愛の情を表すには握手が一番よ。そして決め台詞!


(ぎゅっ)

「友達から始めましょう」


 ぎゃっ! 痛恨の選択ミス! これは『プランB』の台詞。異性から交際を求められた時にやんわりとお断りする作戦……って、全くシチュエーション違うわ! なんか『友達』って言わなきゃ言わなきゃって思ってたから間違えちゃった。

 この作戦のキモは、断りの文言としては余りにメジャーな『友達』ワードを使っていることなの。だから傷つけない為に手をそっと握りながらもしっかりと『友達』と伝えるという高等テクニック。

 実践だったから思わず同性の子の友達のお誘いに使ってしまった! プランAは『よろしくね』が正解よ!

 ひぃーっ、こ、これは……恥ずかしいミスよ……。いっそ誰かコロしてーっ!


「あはっ! ありがとう。すごく嬉しいわ。大好き……よ」


 良かったーっ! 変なの、とか言われて帰られちゃったらトラウマになって不登校になるところだったわ。いや、ならないけど。

 ところで……えっ? えーっ! 今度は『大好き』なの? あらら、『好き』から『友達から始めましょう』となって『大好き』に戻るわけね。状況が不明確よ。友達から何を始めるの? 違う違う。

 ゔーっ、ダメ、これはダメだわ。意識したら頬が赤くなるのを止められない感じ。疾音ちゃんの膝にゴロゴローってしたくなっちゃう。もう制御不能五秒前よ!

 今日はここまで。一旦戦略的に撤退ね。アルカイックスマイルに移行! 余裕なフリして最後のご挨拶までがんばれ私。


「私も嬉しいわ。疾音ちゃん、じゃあまた明日会いましょう」

「うん、また明日ね、栞っ……ちゃん」


 今、『栞』と『ちゃん』の間に明らかに間が空いてたわ。ここで呼び捨てにされたら、流石の私も落ちるわよ……って何に! 何処に!


 よし、撤退! 焦りを気取られちゃダメよ。

 気を抜いたら私、多分真っ赤よ。いえ、もう真っ赤かも。頬が熱ってるもの。恥ずかしいわ!

 さぁ冷静に……冷静によ、がんばれ栞。ほら、疾音ちゃんに手を振って。

 家に帰ったら、今のやり取りを復習よ。明日、最適な対応を取らないと……。


(ぶんぶん)

 あぁ、疾音ちゃん、手を凄いスピードで振ってるわ。音が聞こえてきそう。

 うふふ、なんか疾音ちゃんが犬になって尻尾を目に見えないくらいのスピードで振っている姿が目に浮かぶようよ。


 さぁ、公園を出て、駅までゆっくり歩きましょう。よし、冷静になるには……侘び寂びね。


「ここで一句。軽はずみに、言えないけれど、大好きよ」


 うひゃー、一句読んじゃった! バッカみたい! あははははっ!

 よし、こんな強い威力の言葉をぶつけたら疾音ちゃん困っちゃうから禁じ手ね。


 あぁー、今日は奇跡のように大切な日になったわ!

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