きっかけは『究極で完璧な柔らかクリームパン』なのに『未完成で不完全で凸凹な私達』

けーくら

第一話 完璧で究極な柔らかクリームパン

「さぁ……イッツ、ショータイム」


 思わず小声で呟く緊張感……とは関係無さそうな真っ白で小ぶりのお洒落な建物。重厚なこの木の扉を……この扉を開けてしまえば、私とアイツの勝負が始まるわ。


(ちりりーん)

「いらっしゃいまっせー」


 ドアベルの音と共にバイトちゃんが気怠く口に出すお決まりの挨拶。それを無視して闘いに必須のアイテム二つをゲットする。


 はい、私は三隈みくましおりと言います。近くの女子校に通う十六歳。文芸部に在籍する生粋の文系女子でイメージ通りとよく言われるけど黒髪ストレートなのよ。


「前回と同じ場所とは良い度胸ね……」


 今から大事な対決の時。二戦二敗のこの勝負に終止符を打つために……いや、勝ってもまた来るけど。


 完全武装……って、右手にトング、左手にトレイよ。この店の看板商品『完璧で究極な柔らかクリームパン』が鎮座する棚の前に再び立つ私。


「いざっ!」


 小声で宣言。

 さぁ、ゲットするわよ、私の愛するクリームパン! そーっとパンにトングを向けてー、ふふふ……カチカチはやらないわよ。あれはマナー違反……いけない、集中よ!

 ふーっ、緊張から無駄に力が入って手が震えるわ……自分の手なのに制御が効かなーい! 私に……ホントにできるの?


 トングを整列しているクリームパンに近づけるだけで……ダメ……はぁはぁ……お、落ち着いてよ。さぁ、もうトングがパンに触れるか触れないかのところよ。お願い、私の右手、言うことを聞いてー!


「お、お願いよ……私に……完璧な形で……」


 って、全然できる気がしないわ。床に落ちて潰れるクリームパンのイメージが頭に浮かぶの。きゃー、怖ーい! ど、ど、どどうしましょう……でも……うん。やるしかない! こうなりゃ女は度胸!


「えいっ!」

(むにっ)


 ムニってなったー! ムニって、はぁーん、柔らかい。美味しそうよー!


「うへへーっ」

(ぐにっ)


 あぁー、ぐにってなった、油断した……完璧な丸型のパンのウエストが急にくびれたわよ、って私が力入れ過ぎよ。


「ぐぐぐっ……」

(ぶるぶるっ)


 こらーっ! プルプル震えるな、私の手!

 振動でどんどん瓢箪みたいになっていくわ!

 あ、あぁ、ち、力を入れるな、私!

 でも、でも、落としちゃダメよ! 前回は床に落ちて弁償だけして食べられなかったのよー!


 もう、こうなってらヤルしかない。さぁ、愛しのクリームパンちゃん、トレイへの旅路に出るわよ!


「はっ!」

(ぐにょん)


 ああぁっ……トングの圧力に負けないで! 二つに千切れちゃダメよ! でも……あぁ、落とすよりは……味は変わらないわ! 千切れても、潰れても、落とすよりはマシよ! さぁ、速度を上げるわよ、クリームパンちゃん! 重力、加速、圧力に負けるなー。


「うりゃぁー!」

(ぐにょーん!)


 行けー!


(べちゃっ!)

「……はぁーん、三戦三敗……」


 トレイの中で無惨にも破れてクリームが漏れ出した瓢箪の形をしたクリームパン。悲しいわね……これが戦争の悲惨さなのね……って流石に意味分からないわ。


「三百四十円でーす」


 あら、破れたクリームパンを良くもまぁ手際よくビニール袋に詰めてくれるわね。はいはい、電子マネーで払ってエコバッグに入れるわ。あら待って、焦らせないでね、バイトちゃん。


「ありがとうございましたー」

(ちりりーん)


 はぁ、敗北のむなしさにさいなまれながらエコバッグ越しにクリームパンをじっと見つめることしかできないわ。ふん、敗者はただ去るのみよ。さぁ、肩を落とさず帰路に着きましょう。破けてるとはいえ、味は変わらないわ!


「……」


 しかし名残惜しいわ。ガラスの向こうには完璧な丸型のクリームパンが沢山あるのに……って、あらあら、あの子は……石川さん……石川疾音はやねさんね。

 同じクラスの体育会系のスポーツ女子。確かバスケでレギュラー目指して頑張ってる子よね。明るい髪色をショートカットにしてて、背も私と同じくらい高いのよ。

 あ、私、無駄に背が高いの。百七十センチあるのよ、ふふん。


 あら? 音は聞こえないけどトングを構えてカチカチやってる感じ……! ということはー、もしかしてー、貴女も勝負の時を迎えるの?


 やる気ね!

 

 無駄に私もドキドキしてきたわよ! ガラス越しだけど応援させて貰うわ。


(しゅぱっ!)


 きゃー! トング捌きが丁寧、されど素早い!

 あと凄い集中力。ガラス越しの私なんか目に入らないってのが格好良いわ。

 あのスライムの如く柔らかなクリームパンを、ああも完璧な形で掴むとは、貴女様は熟練の達人かっ!


「がんばって……」


 思わず声に出るほど興奮するーっ!

 両手を胸に組んで祈りながら応援。

 来たー! 完璧な状態でトレイへの旅路をスタートよ。私の描いた理想の航空路を使って飛んでいきなさい、クリームパンよ!


「いけっいけっ!」


 よーし、後で勝利インタビューしなきゃ。うふふ、コツも聞いちゃおっと。

 しかし、疾音ちゃん、自信満々のそのニヤリとした顔、そのご尊顔、尊いわ! って……ガラス越しとはいえ目が合っちゃたわよ。ということは……私に気付いちゃった? あらあら、ちょっと気まずいわね。

 学校ではちょっと微妙な距離感。友達未満、知り合い以上……は普通ただの知り合い、つまりただのクラスメイトよ。


「えへへ……」


 とりあえず、日本人だから愛想笑いしながら会釈するしかないわ……って、きゃー!

 クリームパンがトングから外れようとしてるわよ! ほらほら重力に負けてクリームパンが落下し始めてるわ!

 疾音ちゃん、きょとんとした顔も可愛いけど、今じゃないっ! 何故自分などに興味を示している! 何故自分のピンチに気づかない? これ正しく『灯台下暗し』……じゃなくて、もしかして、これもしかして、原因わたし⁈

 ぬぬぬ、自分の愉快な振る舞いが盟友の危機を招いているとなれば、どうにかするのが私の責務。

 思わず『店に飛び込み落ちるクリームパンをヘッドスライディングで受け取る自分』を夢想するわって……ちがーう!


「ああ、ピンチ。ビシッと指差すクリームパン」


 一句読んでる場合じゃない。そう、まずはジェスチャーで伝えるっ!


(ビシッ!)


 さぁ、気付け。


「疾音ちゃん! 落ちるっ!」


 気付いたーっ! って、あっ、落ちるっ!

 ダメっ! 見てられないー!




✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ 疾音side ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


(ちりりーん)

「いらっしゃいまっせー」


 今日は『クリームパンの日』なのよー。

 妹には内緒。半分こはイヤだから、どこで食べちゃおっかなー。


 あれ? 先客かぁ。

 うーん誰だっけ? 苗字が出てこない……クラスメイトの、み、み、み……栞ちゃん。


 すっごい真剣な顔で見てる。

 へへ、栞ちゃん、お小遣い厳しいのかな?

 お、結局クリームパンにするのね。


「いざっ!」


 あれ? トング持って固まってる。どうしちゃったのかな?


「お、お願いよ……私に……完璧な形で……」


 あっ、そういうことね。綺麗に運びたいのね。あまりの柔らかさに落とし泣いてる子もいたって伝説があるのよね。


「だ、ダメよっ! えいっ! うへへーっ、ぐぐぐっ……はっ! うりゃぁー!」


 うぷぷっ、賑やかな子ね。

 あら、力入れ過ぎ。へたっぴよ。がんばって。


(べちゃっ!)

「……はぁーん、三戦三敗……」


 しょげてる。カワイイ。


「ありがとうございましたー」

(ちりりーん)


 気付かずに行っちゃった。

 さて、次はワタシ。勿論狙いはクリームパン。


(カチカチ)


 二回だけカチカチやるの。これが私のジンクスよ。


(しゅぱっ!)


 ふわふわー。そーっとトレイに……あっ、栞ちゃん、まだいたー! 店の外から私のことじっと見てる。

 なんか照れるわ。へへへー、どうしよう?


 あっ、会釈してる。私もしなきゃ! んー、会釈って何回やるのが正解?


 あれっ? 何を伝えたいのかな? ふふふ、面白い子よね。時々リアクションの大きな子だな、って思ってたけど……。

 ん? 指差す先は……私のクリームパン? えっ? 何っ?


「疾音ちゃん! 落ちるっ!」


 あっ、落ち……まだまだーっ!




✳︎✳︎✳︎ 栞side ✳︎✳︎✳︎


 遅かった、あぁ遅かった、ゴメンなさーい。

 最後に視界に映ったのは、滑り落ちるようにトングから外れるクリームパンだったわ。目を開けるのが怖い……けど、私にも責任の一端はあるわ。

 そーっとしか開けられない……って、きゃーー! 受け止めてるー!


 ぺたんこになったクリームパンがトレイの端っこに引っかかってる。疾音ちゃん、華麗にトレイを膝の下にまで持ってきて辛うじて受け止めてるっ!

 ポーズも格好良いわ。素敵よ!


「やったー! カッコ良いー! イェーイ!」


 あら、疾音ちゃん少し照れてるの? ふふ、クールよ。さぁ、ここまで来たらもう『毒喰らわば皿まで』よね。


(ちりりーん)

「ありがとうございましたー」


 出てきた出てきた。エコバッグ越しにクリームパン眺めてる。よし、ちょっと緊張。でも、声かけちゃう。


「一緒に食べない?」


 愛想笑いしかできないわ。

 ふふふのふ、キョトンとしないで疾音ちゃん。


「いいよ。み、み、み、みみ……」

「三隈よ。石川さん」

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