同じ気持ちを味わえ
通常、女神の信仰者が祈りを捧げる礼拝堂にて目を瞑りたくなる光景が広がっていた。いた、というのはついさっき終わったからで。半分人間でありながら、普通なら思いつかない方法でアニエスの精神を破壊寸前まで追い込んだイナンナにアレイスターは戦慄した。
アンナローロ公爵夫妻の痛みを思い知れとは、アニエスとルイジが礼拝堂に放り投げられた時。普通、神聖な場で汚らわしい行いをするだろうかと頭を抱えたくなった。
「アニエス、アニエス!」
放心状態のアニエスにはルイジの叫びは届かない。
「アニエスちゃん」
全身汗に塗れ、肌を赤く染め上げた裸体は淫靡で体を丸めているのは微かに残る理性がそうせている。
アニエスの顔の近くに座ったイナンナは熱い頬に触れた。ビクッと反応され薄く笑った。
「どうだった? 愛する人の目の前で、愛してもいない相手に犯された気分は」
「アニエス! アニエス!!」
「アレイスタ~ルイジくんに猿轡を噛ませて」
ルイジがクロウに見える幻覚を掛け事を起こした。アニエスの名を叫び続けるルイジをクロウに見せていたからアニエスの絶望は大きい。
喚き続けるルイジの声がうるさくてアレイスターに猿轡を噛ませると、再びアニエスに問い掛けた。
「一応、公爵夫人のアニエスちゃんに配慮して男娼館で大人気の子を相手にしたのだけどお気に召さなかった? それとも人形を相手にしていると思えと付けたせいかしら?」
楽し気に話すイナンナと異なりアニエスは放心状態のまま。
「ねえ~アニエスちゃん。クロウくんの気持ちちょっとは分かった~? 好きでもない相手に犯され、声を上げたくても抵抗したくても何もできない絶望を」
アニエスは何も発さない。汗に濡れたアニエスの髪を撫でたら猿轡を噛まされたルイジが言葉にならない声を上げるので、アニエスから離れルイジの側に移動した。ルイジを知る者なら誰もが驚く変貌ぶりを笑いつつ、体を拘束されて動けない姿を見てとある案を思い付いた。
「アレイスタ~、ルイジくんをアニエスちゃんの相手をしてくれた子のいる男娼館に運んで~」
「は!? な、何を考えているのですか!?」
「愛する妻が無理矢理犯されたのなら、夫も無理矢理犯されてその痛みを知るべきだと思うの~」
「よくもまあ惨い真似をさせられる……」
「そう? 二人がアンナローロ公爵夫妻にした事を思えば妥当じゃない?」
「モルディオ公爵については?」
「ルイジくんは愛する人の目の前で犯されるって体験は無理じゃない~だってアニエスちゃんルイジくんを愛してないんだもん。なら、愛していない相手に犯される体験だけでもしてもらわないと」
「惨い……」
この言葉しか出てこないアレイスターは哀れみの瞳をいつの間にか呼ばれた神官により運ばれるルイジへやった。何処へ運ばれるかイナンナの台詞から察しても、言葉にならない声でアニエスを叫び続けた。ルイジがいなくなると礼拝堂内に静けさが訪れた。
「議会でモルディオ夫妻の罪状が決まるまで毎日頑張って~。あ、ちゃんと上手な子を手配してるから心配しないで~」
肝心の尋問はどうしたとアレイスターに呆れられるがとっくの前に終わらせたと発した。え? と漏らしたアレイスターへ艶笑を向けた。
「ふふ! 早く楽しみたいから裏技を使ったの~」
心底楽しんでいるイナンナに呆れ果てるしかないアレイスター。
「何をしたのですか?」
「後で話すわ。それより、アニエスちゃんにはまだまだお仕事をしてもらうから、後で神官の子達にアニエスちゃんを洗わせておいてね~」
「今はまだ公爵夫人ですよ」
「どうせ、処刑される道しかないわ」
現在、国王を含めた議会でモルディオ公爵夫妻の悪事が暴露され審議されている。夫妻の処刑は免れない。爵位に関しては過去の実績もあり、男爵に落とされるか最悪爵位剥奪か。爵位剥奪なら、次にモルディオ領を管理する貴族を選ばないとならない。
「アンナローロ公爵夫妻への慰謝料として、モルディオ領を渡せばいいのでは?」
「アンナローロ領もかなり広いのよ~? そこにモルディオ領となると、管理は相当大変よ~」
どうするか決めるのは王国であって大聖堂ではない。今回モルディオ夫妻を処刑するまで預かっているのはイナンナの趣味と娯楽とアンナローロ公爵夫妻の為。
実兄ではない相手に犯されたアニエスはずっと泣き叫んでいた。助けてお兄様、お兄様と。そばにクロウに見せるように幻覚を掛けたルイジが拘束されて床に転ばせていたから、効果は更に上がった。
アニエスの相手をしてもらった男娼は女性達に大人気で、通常の三倍の額を出すから人気の男娼を数名貸してほしいと館主に言ったら喜んで貸してくれた。
泣き叫ぶ相手との行為は嫌だろうと見ていたら、仕事内容で偶にあるのだとか。色んな女性がいるのだと遠い目をしたアレイスターを笑いつつ、抵抗するのも逃げるのも出来ず、見知らぬ男に犯され泣き叫ぶアニエスを眺めていたイナンナ。
「アニエスちゃん、次の相手がくるまでは休んでてね~」
「……」
アニエスは行為が終わってからずっと放心状態のまま。イナンナが挑発しようとルイジが叫んでもアニエスは何も反応しない。
「……この程度で壊れる心、なんて貴女には許されないのよ?」
イナンナが言った直後、今まで放心状態だったアニエスが不意に動いた。自分の置かれている状況を見て絶叫し出した。
「嫌あああああああぁ!! お、お兄様ああぁ! お兄様助けてー!! なんで、なんでお兄様以外の男に、う、ああああああああああ!!」
「何をしたんですか……」
「正気に戻しただけよ」
「貴女は女神マリアの化身なのですよ? こんな真似をして御身を汚したら」
「お馬鹿ね~。なんの為に半分人間の血が流れていると思っているの?」
「!」
女神マリアだけの血なら、とっくの昔に身は穢れイナンナはいない。半分人間だからこそ、生きている。人間は汚れに強い生き物だ。
ふふ、と笑ったイナンナはやって来た神官達に絶叫しているアニエスを託し、礼拝堂内は再び静けさを手に入れた。
設置されてある長椅子に腰掛けて足を組んだイナンナはアニエスの前世について語った。
「アニエスちゃん、前世にも自慢のお兄様がいたみたいなの。仕事に忙しい親の代わりに、お兄様がアニエスちゃんの面倒を見てあげたようでね」
見目麗しい兄を持ったアニエスは、兄への気持ちを段々と本物の恋情へ昇華させてしまった。兄の周りにいる幼馴染や友人に嫌がらせをしては排除し、自分だけを見てくれる理想の兄にしようとした。しかし、前世アニエスに耐えられなくなった兄は失踪。親は居場所を知っていたみたいだが決してアニエスに知られないよう徹底的に管理した。
二度と兄に会えないと知ったアニエスは絶望し、親への不満を叫び目の前で自殺した。
話を聞いたアレイスターは何とも言えぬ表情を浮かべた。
「なんだか、仕事を理由に子供達を蔑ろにした親のせいな気がします」
「そうね~……前世のアニエスちゃんが死んだ後が気になって頑張って探ったら、アニエスのご両親ずっと泣いていたわよ。手遅れなんだけどね~」
「前世のアニエス様は死んでしまい、今世も早々に死ぬ。人並みの幸せを望んでいたら、アンナローロ公爵とも良好な関係を築いたまま、仲の良い兄妹でいられたでしょうに」
「アニエスちゃんが望むのは兄の愛する女になること。兄妹だと意味はないの」
「哀れな……」
また、ふふ、と笑ったイナンナ。
アニエスの魅了の力は、転生をした人間に与えられる祝福のようなもの。前世、手に入れられなかったものを手に入れるチャンスを与えるのだとか。
「マリアも人選をミスったわね。お陰で散々」
「の割には楽しそうですよ」
「楽しいわよ?」
「……そうですか」
イナンナに聞いた自分が馬鹿だったと溜め息を吐くアレイスターだった。
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