私に教えてください②
「お父様……」
身体を家令に支えてもらいながらも足を踏む一歩は力強く、先程からの騒ぎの一部を聞いたと話された。黙っていても何れバレるなら、今話すしかないとベルティーナは事情を説明した。全てを聞き終えた父は深い溜め息を吐きビアンコの片思いが暴走したのだろうと口にした。
「……片思い?」
「昔の話だ。モルディオ家にクラリッサ以外の子がいないのでクラリッサとの婚約は無理だと言ったんだ」
「お兄様はクラリッサが好きだったのですか?」
「……お前に泣かされ、傷つくクラリッサが可哀想で守ってやりたかったそうだ」
「……」
こんな状況下で二人湖に行ったのもきっとクラリッサの頼みを断れなかったからだろうと言われ、深く項垂れてしまった。性質が悪いのは魅了に掛かっていないのに、魅了に掛かった人以上にクラリッサを大事にし過ぎている点。子供の頃の片思いを消せず、今もなお有り続けるならお願いを聞いてしまうのだろう。
が、すぐに顔を上げてリエトへ相手を変えた。
「殿下、モルディオ家の罪状はまだ正式には決まっていませんよね」
「ああ、大神官が尋問を終え、報告書を王家が確認次第、裁判に掛ける。財産、領地没収は免れないだろう」
爵位は良くて男爵になるか、悪くて剥奪のどちらかとなる。
「なら、そうなる前にモルディオ家に仕える使用人達に新しい就職先の紹介、親族への報せを」
「それならロロ伯爵に報せるといい」とは父。
「モルディオ公爵と兄弟の中で最も交流があると聞く。今の時期、伯爵は領地で過ごしているから早急に報せを届けよう」
「お、お父様がですか?」
いくらミラリアと思しき光る球形が力を貸しているとしても、顔色は若干悪く家令に身体を支えられて立っているのがやっとの人に任せても大丈夫なのかと不安が過った。
しかしベルティーナの不安をよそに父は表情を変えず淡々と紡いだ。
「ビアンコの有様を聞いたら、ジッとはしていられない。怪我が完治するまでは意地でも私がしなければならない」
「今にも倒れる寸前のお父様が無理をして倒れたら二重の迷惑になりますわ」
「だとしても、領地運営や公爵家の仕事を何一つ教えていないお前にはさせられない」
「……」
淡々とした鋭い指摘を受け、口を噤んだベルティーナ。どれも正論だ。跡取りのビアンコが怪我を負っている今、知識と経験を持つ父以外まともに機能させられる人がいない。
このまま屋敷を出て行ったら気になってゆっくり過ごせない。自分の性格は自分がよく理解している。
無言になってしまうと不意に母について切り出された。
「此処に来る前、カタリナに会ってきた」
「え?」
「アニエスの力が原因でもカタリナを壊したのは私だ。最後まで面倒は見る。その前に片付けられる仕事は全て片付けておきたい」
良い思い出が全くないベルティーナに負担を強いたくないと父に言われたベルティーナは――
「お断りです」
真っ向から拒否をした。
「私とてアンナローロ家の娘です。良い思い出が一つも無くても、何時怪我が治るか分からないお兄様や何時倒れるか分からないお父様に任せきりは出来ません。不安です」
大きく見開かれた瞳を見ると自分は父にそっくりなんだと改めて実感した。
「なのでお父様。お兄様の怪我が完治するまで私に教えてください」
何を、とまで言わなくても仕事だけは真面目に熟してきた父ならこの言葉だけで通じる。父は一度黙ってしまうが最後にはベルティーナの頑固さを知っているからこそ受け入れた。
アルジェントに呼ばれ、二人の怪我を魔法で治すかと問われ断った。馬鹿二人にはキツイ薬だろうが反省を促す為にも怪我は自己治癒能力に任せると。
「傷が残るとしたら?」
「うーん……」
男のビアンコであれば傷の一つや二つあっても構わなくてもクラリッサはそうはいかない。女性の体や顔に傷は嫁入りするなら致命的な欠陥となる。この先クラリッサに縁談があるにしろ、ないにしろ、傷はない方がいい。
「これについては二人が完治してからにしようか」
「そう、ね。そうしましょう。お兄様がこんな馬鹿とは思いもしなかったけど……」
「恋は盲目って言うじゃないか。モルディオ夫人とは叔母甥なんだ、似ても不思議じゃない」
アルジェントの台詞に複雑極まるベルティーナ。父も同じ気持ちらしく、同じ顔をしている。
「殿下はご友人のお見舞いは宜しいのですか?」
「ああ。済ませてから来た。今は状況が状況だけに私が報せた方が都合良いだろうと来たんだ。後は、ベルティーナと公爵が気になっていた」
「私?」
「正気を取り戻せているか怪しい公爵と君がまともに話せているか、どうしても気になったんだ」
「そう、ですか」
どうしてかリエトと話がし辛く、いつも通りと自分に言い聞かせないと言葉を詰まらせてしまう。
「今日はこれで帰る。明日も来ていいだろうか……?」
「お好きになさっては。おもてなしは致しません」
「分かった」
「……」
いつもならここで言い合いに発展する二人だけれど、今日はリエトが受け入れただけで終わった。ポカンとなるベルティーナはハッとなって小さく首を振り、帰るリエトを見送ると申すが不要とされた。
「それよりもやる事がベルティーナにはあるだろう? そっちを優先したらいい」
「お見送りくらいする時間はありますが?」
「いや……明日でいい」
ベルティーナの見送りをリエトは受け入れないまま王城へ帰って行った。
「何だったのかしら?」
「さあ。まあ……あの王子なりに、これからどうするか考えてはいそうだよ」
「……そうね」
これからどうするかを考えないとならないのはベルティーナも同じ。父に振り向き前に立った。
「お兄様の時と変わらず教えて頂ければ結構です」
「分かった」
今までだって何度も父と正面から向かい合う機会はあったのに、こうなって漸く向き合える機会が巡って来たのは何とも皮肉だ。早速取り掛かると家令に支えられながら執務室に行く父の後をベルティーナも付いて行く。アルジェントは少し遅れてベルティーナ達の後を追った。
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