私に教えてください①

 


「お父様とお母様には、今後領地で療養して頂きます。アンナローロ公爵家はお兄様がいれば取り敢えずは大丈夫でしょう」

「ビアンコは?」

「ちょ、ちょっと出掛けております」



 今朝早くからクラリッサを連れて出掛けているとは何故か言えなかった。全ての元凶であるアニエスの娘とまだ親密になっていると知ったら、こうして会話が成り立っているのに出来なくなりそうで。



「そうか」

「……ルイジおじ様はイナンナ様殺害未遂、アニエス叔母様は陛下に魅了を使い、更にお父様やお母様を長年魅了により操った罪で恐らく極刑は免れません」

「……そうか」

「一つ、聞いていいですか。お父様は叔母様が異常だと子供の時から気付いていたのですよね? どうして……イナンナ様に、相談されなかったのですか」

「最初、父上や母上に相談した時、アニエスを泣かせるなと折檻を受けた。その後も続いた」



 両親を筆頭に親戚や親しくなった友人に相談しても、誰もかれもがアニエスを肯定した。誰も否定しない。冷静な思考を持っていれば大聖堂にいる大神官なら親身になって話を聞いてくれると至るだろうが、既に否定され続け疲れていた故にイナンナに相談とならなかった。



「今にして考えれば……イナンナ様に相談していれば、こんな大事にはならなかったのにな……」

「叔母様がお父様に執着したのは何故ですか? 叔母様にとってお父様が特別だったから?」

「いや……多分違う。一度アニエスが言っていた。『わたくしの理想のお兄様になって』と」

「理想……」



 イナンナの話から、前世の記憶を所持している可能性が高いと判明した。前世で兄という存在に異常な拘りがあり、生まれ変わった先に父という兄がいて自分の欲望が抑えられなくなったと見える。



「兄妹仲良く……ではありませんよね」

「兄妹で男女の関係になるのがアニエスの望みだった。私がどれだけ嫌がろうと誰もアニエスを止めなかった。私に愛する人が出来ようが、アニエスを愛してくれる人が現れようが何も――変わらなかった」

「……」



 何もしなかったのではない、何をしてもアニエスを皆肯定し、否定する父を皆否定し続けた。味方が誰もいない状況下で理性を保とうすればするだけ自分という存在を認識できなくなっていった。



「こうして私は話せているがカタリナの具合はどうだ?」

「お母様は……ずっと錯乱状態になっています」

「そうか……」



 止まらず呪詛の言葉を吐き続けているとまでは言えなかった。目の前で夫と夫の実妹の行為を見せられ続けたという事実が一気に押し寄せた事と長年掛けられ続けた魅了の影響のせいだ。二度と元には戻らないとベルティーナの説明を聞いても父は静かに「そうか」と答えるだけだった。



「お父様と話せているのはどうしてでしょう」

「何故だろうな……私もカタリナと同じになっていても不思議ではないのに……」



 ふと、頭を過ったのはあの光る球形。父の顔の上をくるくる回った後、粒子となって消えたら父が目を覚ました。


 どう話すべきか考えているとまた光る球形が現れた。


 父の顔付近をくるくる回っている。アルジェントや家令が見えなかったのなら父にだって見えていない。


 そう思ったのに――



「ああ……お前にも見えるのか……?」



 アルジェントや家令には見えなかった光る球形は父の目には見えていた。顔の上をくるくる回る球形を優しく見つめる父の表情は気のせいか良くなっている。



「お父様はこの光が何か知っているのですか?」

「いや……分からない。だが、不思議とミラリアについて思い出すと必ずいるんだ。日記を書く時にもいる」



 自分の意思を取り戻した短い時間の中で光る球形がいなかった事はないらしく、側にいると重く絶望に染まっている心が軽く穏やかになると語られた。ゆっくりと腕を上げた父は光る球形にそっと触れた。



「……」



 父の指に乗った光る球形は動き回らず、じっとそこにいた。まるで父を見ているかのようだ。



「ひょっとしたら、不甲斐ない私を見兼ねて来てくれたのかもな」



 差し出された光る球形を両手で包んだベルティーナ。それは逃げず、じっとしている。触れるととても温かく、何故か酷く懐かしい気分にさせる。知っている気がするし、気のせいかもしれない。

 もしも、もしも、である。ベルティーナの両手の中にいるこれが――



「……あなたは私のお姉様なのかしら?」



 産まれてすぐに亡くなった双子の姉ミラリアなら、長期間魅了に侵された父の周りにいるのが何となく分かってしまう。血の繋がった家族でミラリアを覚えているのはもう父だけ。僅かな時間意思を取り戻しては絶望する父を、姿形は違えど助けようとしたかった。

 ベルティーナの問い掛けに答えはない。ただ、両手に感じる温もりが強くなった。

 これが答えなのだろう。



「なら、私にアニエス叔母様の魅了が効かなかったのもあなたのお陰なのかしら」



 目を張る父に何故か自分にだけ魅了の力が効果を発揮しなかった事を話した。側にアルジェントがいても対象が人間なら掛かると。ビアンコも魅了に掛かっていないと話すと安心された。多分、ベルティーナのように守られていたと勘違いをされたがそれでいい。余計な言葉を出して無駄に心配をかけてほしくない。

 兄が戻ったらギチギチに締めてやると決めた。ビアンコが何処の誰と何処へ行こうと勝手であろうと時と場合を考えろと絶対に言ってやる。



「こんな情けない父の許に産まれたせいで、お前達姉妹を不幸にしてしまったな……。ベルティーナ、アンナローロ家は気にするな。ビアンコは若いが十分アンナローロ公爵として動ける。好きなところへ行くといい」



 内心不安でしかない。あの兄は。



「ビアンコが戻ったら私の部屋に来るように、家令に伝えてくれべルティーナ」

「分かりました。お父様は起きていられますか」

「ああ。意地でも起きて、話せる内に必要な事を全て伝えておきたい」



 その目に光が映り、意思の固さを見せつけた。ミラリアと思しき光は手を貸すと言いたげにくるくると父の顔付近を回る。



 小さなノック音がし、扉に目を向けると家令が入り「お嬢様、そろそろ診察の時間です」と告げた。時計を見ると長く話していたようで、家令に頷き父へ向いた。



「今日はこれで帰ります」

「二度と来なくていい」

「来るか来ないかを決めるのは私です。お父様に言われる筋合いはありません」

「……そうか」



 今までの父だったら親に向かって言葉遣いがなっていないと怒声を浴びせていた。本来の自分を取り戻した父は怒りもなく、微かに笑って瞳を閉じた。

 頭を軽く下げてから部屋を出て、外で待っていてくれたアルジェントの許へ行く。



「沢山話せた?」

「ええ。今まで一番」

「そうなんだ」

「お兄様とクラリッサはまだ戻ってない?」

「ああ。探す?」

「いいわ。いくら何でも、帰らない、なんて事はしないと思うわ。次期当主としての責任感は十分にある筈だから」



 この後の予定を訊ねられ「そうね」と考えた。



「ルイジおじ様とアニエス叔母様の尋問については、結果だけは報せるとイナンナ様は仰っていたし、後は待つしかないわね」

「とても見せられるものじゃないよ、女神の化身のくせにエグイ尋問」

「……見てるの?」

「悪魔だから、俺」



 魔法で大聖堂の尋問部屋で行われている尋問を見ていたらしいアルジェントに自分も見たいとお願いしても「だーめ」と断られた。



「ベルティーナが見たらすぐに卒倒するってくらいなら言ってあげる」

「……そう、なら、結果を待っておくわ」

「その方が利口さ」



 人間で思い付くなら相当頭がイカれていると付け足され、一体どんな尋問をしているのかと目が遠くなり、それをされているルイジとアニエスに同情は出来なかった。

 一旦部屋に戻って荷物の整理をしたいと述べ、自分の私室へ移動した。以前にも整理して金目の物や大事な物はアルジェントに預けている。それ以外にもないか確認を始めた。


 ――暫くして家令が昼食の準備が出来ていると呼びに来たのでビアンコは戻っているか訊ねるも首を振られた。一体どこへ行っているのだと頭が痛くなるも、夕刻には戻るでしょうと言う家令の言葉にベルティーナは同意し、アルジェントを連れて食堂に移動した。


 けれど昼が過ぎ、夕刻になってもビアンコは戻らなかった。クラリッサも同じ。



「一体何処で何をしてるのあの二人は」

「やっぱり探そうか?」

「ええ、お願い」



 戻ると思っていたからアルジェントに探せなかったのを後悔した。



「モルディオ家に行っていないか確認してくれる?」

「分かりました!」



 もしかすると二人でモルディオ家にいるかもしれない。淡い期待を抱いたベルティーナだがすぐに壊された。慌てた使用人がやって来て王太子が来ていると話され、こんな時にと頭を抱えつつも玄関ホールへ向かったベルティーナ。リエトと目が合うと信じられない話を聞かされた。



「ベルティーナ、ビアンコ殿とクラリッサが暴漢に襲われ怪我を負った。今病院で手当てを受けている」

「どういう事ですか!?」

「友人の見舞いに行った時に重傷を負ったビアンコ殿とクラリッサが運ばれるのを見たんだ。運んだ騎士に話を聞いたら、二人は護衛もつけず湖に来ていたらしい」



 貴族だとバレないよう、平民の服を着て行ったが美男美女の二人は何処をどう見ても貴族か裕福な平民にしか見えない。運悪く湖には破落戸が数人潜んでいたらしく、金目のある物を持つ訪問者を吟味しては襲っていた。更に運が悪いのは実行は今日が初めてで、巡回している騎士はいなかった。



「湖って、昔王子様が溺れたところ?」

「あそこは王家が管理していて不審者が発見されればすぐに捕まる。日々の巡回も怠っていないのを王国の人間なら大体知っている。二人が襲われた湖は別だ」



 命に別状はないみたいだが完治するには相当な時間を要する。

 アンナローロ家もモルディオ家も当主不在、跡取り不在となってしまった。

 ベルティーナは本気で頭痛で頭が痛いと言いたくなった。


 跡取り教育を受けていない自分では期間限定でも領地運営が出来るか難しい。モルディオ家はルイジの身内に速やかに連絡を取ればきっと何とかなる。必死に考え込むベルティーナの耳にある声が届いた。


 

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