自白剤③

 



 魅了がなければ愛する人に愛されるどころか、異常者だと見られ怖がられ嫌われていた。日記に綴られているのは全て事実だと告げられてもアニエスは信じないと叫んだ。魅了を使ってクロウを思いのままにはしても心も次第にアニエスに染められ、愛してくれるようになったと。



「わたくしとお兄様は心の底から愛し合っているの! 大体、そんな日記証拠にはならない! お兄様が書いたという証拠が」

「い、いえ、父上は子供の時から毎日欠かさず日記を書いていると以前母上から聞きました。今でも日記は書き続けています」



 声を上げたのはビアンコ。突き飛ばされた母を回収し、駆け付けた騎士に医務室へ運んでもらうよう頼み託した。

 イナンナ扮するベルティーナは手を二度叩き場の視線を一気に自分に集中させた。



「お兄様お兄様うるさいアニエスちゃんに残念なお知らせをしないとね~」

「なにがっ」

「話は最初に戻るけど~クラリッサちゃんを王太子妃にし、ベルティーナちゃんを修道院へ追いやる振りをしてクラリッサちゃんの『影』にする話。アニエスちゃん……イグナートくんに魅了を使ったでしょう? その頃のイグナート君は、この件について以外は至極まともだと王妃殿下や王太子の坊やから証言は得ているの。更にあたしが直接話をしに行ったら、イグナートくんには明らかに魅了を掛けられた痕跡があった」

「陛下はわたくしやお兄様の話を了承して下さらなかったから!!」

「そうね~貴女からしたら理不尽よね~でも、王族……ましてやこの国のトップ相手に魅了を掛けちゃうなんて……覚悟は出来てるわね?」

「…………」



 バレなければアニエスの罪は知られず、国王の魅了も掛けられたままだった。王族を未知の力により意思を洗脳した罪は極刑も同等。興奮し続け息が荒く顔が赤いアニエスもこの言葉によりすぐに真っ青になった。証拠も証言も揃っており、魅了を解かれた直後の国王を王妃は目撃している。この場におけるアニエスの発言もあって言い逃れは無理。

 国王が手を上げかけた時「動かないで!」と制止の声を上げたアニエスは抱き締めていたクロウから少し離れ首に両手をかけた。



「モルディオ夫人!」

「此処に騎士を入れたらお兄様の首を絞めて殺す、わたくしも舌を噛んで死ぬ、それでもいいなら突入させなさい!」

「いいわよ、勝手に死になさいよ」



 我慢の限界がきた。イナンナの振りを忘れたが誰も見抜いてない。内心ホッとしながら、唖然とするアニエスに近付いて行った。


 小さな両手が父の首にあり、生死を握っているアニエスを刺激するのは今の状況を考えれば馬鹿だろうがもう黙ってはいられない。一歩一歩近づく度に「近付かないで!」と声を上げられてもベルティーナは止まらない。



「殺す覚悟と自殺する覚悟があるならどうぞしなさいな。でもねえ~アニエスちゃん、人の首ってそう簡単に絞め殺せないわよ? ――か弱い女性だと特にね」



 騎士の突入が早いか、アニエスが父の首を絞め殺すのが早いか、等と競うつもりは毛頭なく、この言葉を合図と受け取ったアルジェントが瞬時にアニエスの前に移動した。突然目の前にアレイスターが現れ呆気に取られるアニエスの両手首を掴み上げ「アンナローロ公子!」と呼び、ビアンコを動かしクロウの回収に成功した。

 抵抗するアニエスの両手首を掴む力を強めれば今度は悲鳴が上がった。ギリギリまで強めるつもりが「アニエスに触れるな!!」とルイジの怒号でアニエスをルイジの足元に放り投げた。



「アニエス!」

「痛い、痛い痛い、痛いぃ」

「ああ、可哀想に、綺麗な肌が赤くなって。女性に暴力など女神に仕える神官が恥ずかしくないのか」

「生憎と女神とは真逆の位置にいるからなんとも?」

「は」



 正体を隠す気が無くなったらしく、指を鳴らしたアレイスターの姿は瞬く間にアルジェントの姿になり。同時にイナンナに扮していたベルティーナも元の姿に戻った。イナンナの振りをすると聞かされていたリエトも周囲と同じく瞠目していた。



「女に手を上げるなって言うけど、その女のやらかしは限度を突破し過ぎている。どうせ処刑されるんだから、何をどうしようがどうでもよくない?」

「き、貴様っ、一体、大体ベルティーナ嬢も」

「俺をクラリッサの従者にしなくて正解。俺は悪魔だから何をしていたか分からないよ?」

「悪魔!?」



 ね? と片目を閉じた状態で顔を向けられても返答に困る。悪魔と知ってもアルジェントを側に置いたのはベルティーナの意思だ。



「大神官しかこの場に同席出来なかったのに、人を使って大神官に大怪我を負わせた証拠をこっちは手に入れてるよモルディオ公爵」

「そんなものあるわけ」

「大神官を刺した女の子に自白剤を使って吐かせ、更に彼女の記憶を見たんだ。これが証拠」



 左手に光る球形を浮かせ、一際強く輝いた。するとそこには声付きで女性にイナンナの殺害を命じるルイジの姿が映っていた。



「自白の供述はしっかりと大聖堂側が記録して既に王家に提出されている。彼女の記憶を見て尚言い訳をするなら聞くよ? モルディオ公爵」

「っ」



 ずっと貼り付けられていた微笑と余裕がルイジの顔からめりめりと剥がれていく。恐ろしい形相にクラリッサが小さく悲鳴を上げ、丁度クロウを騎士に渡したビアンコの許へ行った。震えるクラリッサを慰めながらもビアンコの瞳は複雑に揺らいでいた。



「ついでに言うとですねルイジおじ様。おじ様と叔母様の紅茶にだけ自白剤を入れました」



 紅茶にした仕掛けというのは自白剤。二人が飲んだのを確認してから話を切り出したのも自白剤を飲ませないと決して口を出さないと分かり切っていたからだった。

 卑怯だと二人に叫ばれるがベルティーナは涼しい表情のまま。



「身分の低い侍女を脅してイナンナ様殺害を命じたルイジおじ様や魅了なんていう卑怯な能力を使ってお父様を追い詰めた叔母様が言いますの? 卑怯というお言葉、そっくりそのままお返ししますわ」



 元の姿に戻ったお陰で緊張がなくなり、堂々と素を出せる。喚くルイジとアニエスは国王の一声で突入した騎士達により連行されていく。

 怒声や悲鳴が聞こえなくなるまで誰も言葉を発さず、漸く静かになるとベルティーナは王族の面々がいる方へ頭を深く下げた。



「陛下、王妃殿下、王太子殿下。事前に報せもせず、姿を偽って同席した事申し訳ありませんでした」

「ベルティーナ嬢、顔を上げなさい」



 言われた通り顔を上げると国王は首を振った。



「敵を騙すならまず味方からという言葉がある。事前に知らなくて却って良かった。それにだ、大神官の入れ知恵もあるのだろう?」

「いえ……イナンナ様が刺され、出席が無理だとなった時、私がイナンナ様の代わりをすると申し出たのです。きっとイナンナ様がいないとあの二人は事実を話さないからと」



 また、アニエスの魅了に掛からない者がベルティーナとアルジェントしかおらず、イナンナの振りをするのは抵抗があるアルジェントでは無理で。ベルティーナは自分なら振る舞えると宣言し実行した。



「そうか」

「それと……陛下には大変失礼な物言いをしてしまいました……」

「構わんさ。大神官なら絶対に言ってくるであろうからな。そう考えるとそなたの演技力は大したものだ」

「ありがとうございます」



 褒められているのに複雑な気持ちになるのは何故か。



「ベルティーナ」



 席から離れたリエトがやって来る。



「殿下、中立の立場を守ってくださりありがとうございます」

「……何度も声を出したくなった。大神官はどうしている?」

「別室でアレイスター様と待機しています。終わったら来ると言っていたのでもうそろそろ来るかと」

「アンナローロ公爵夫妻は今後どうなる?」

「多分、治療を受ける事になりますが……」



 あの顔色といい、自分の意思を取り戻したところで不幸になるだけ。精神安定剤を貰っても長期的に魅了を掛けられ続けた二人の心はきっと戻らない。

 ベルティーナはリエトから離れ、泣いているクラリッサを慰めている兄ビアンコの側へ移動した。



「お兄様、お父様とお母様について話があります」



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