家族とは思えない

 

 こうやって面と向き合うのは久しぶりな気がする。顔を合わせてもどちらかが嫌味を発するかビアンコが一方的に突っ掛かってベルティーナが適当にあしらうだけ。まじまじとビアンコの顔を見ているとアニエスが執着しなかった理由が何となく分かった。兄は母に似ている。色が父でも雰囲気や顔立ちが母に似ればアニエスにとってはどうでもいい。



「お父様やお母様には、今後領地で療養して頂きます。治る見込みはハッキリ言ってありません」



 寧ろ、廃人のまま生きていた方がある意味では幸せなのかもしれない。自分の意思を取り戻したところで二人に待っているのは地獄。



「治す手立てはないのか」

「あれば先に言っています」

「そんなっ」

「お父様やお母様は叔母様に長期的な魅了を掛けられ続けた影響で治療が困難なのです。精神安定剤を投与し続けても意味があるかどうか……それなら、いっそのこと二人を領地で療養させ、公爵家の事はお兄様にお任せしようかと」



 元々父の後を付いて回って領地の運営や小公爵として役目を果たしていたビアンコなら、急に父がいなくなっても上手く動ける。クラリッサを離し、難しく考え込むビアンコは不意に顔を上げた。



「ベルティーナはどうするんだ」

「私は……」


「私はどうしたらいいですか……!」



 王太子妃になるつもりはないと国王夫妻のいるこの場ではっきり言おうと考えた矢先、言葉を遮り自己主張をしたのはクラリッサ。さっきまで泣いていたので目元は赤く、瞳は濡れたまま。周囲を見回しクラリッサは改めて口を開いた。



「私は、モルディオ家はどうなってしまいますか」



 この問いに答えたのはリエト。



「公爵は人を使って大神官の殺害未遂を起こし、夫人は父上を操って自分の意を通そうとした。どちらも極刑は免れない以上、モルディオ家は爵位剥奪か良くて爵位を子爵に落とされるかだろう」

「そんなっ!」



 縋る思いで国王や王妃を見ても首を振られた。力無く座り込んだクラリッサを慰めたのはビアンコだった。



「心配するなクラリッサ。行き場が無くても僕がクラリッサを引き取る」

「ビアンコお兄様っ」

「父上や母上には領地で余生を過ごしてもらう。叔母上がいなくなるのなら、時間は掛かってもいつか元に戻ってくれる事を僕は願っている。クラリッサ、これからは王太子妃になるベルティーナを僕達で支えよう」

「はい、お兄様」


「お兄様、クラリッサ」



 二人未来に向けて目標を立て急に元気になり始めたところでベルティーナの冷めた声が飛んだ。



「私は王太子妃になるつもりは、まっっったくありません」



 キッパリと言い放ったベルティーナを驚愕の目で見るビアンコとクラリッサ、更には国王も。王妃はどこか納得しているような面をしており、リエトは改めて告げられた言葉にショックを隠しきれず、翳りのある瞳でベルティーナをじっと見つめた。



「散々クラリッサとの仲を見せ付けられた挙げ句、虚言とは言え婚約破棄を殿下に宣言されていますので。今更殿下との関係が修復されるとは思いません。なのでこのまま、私は公爵家を出て行きます」



 王太子妃には別の令嬢がなればいい。多少歳が離れようと珍しい話でもない。



「……分かった」



 長い沈黙の末にリエトが発した言葉に漸く納得してくれたかと安堵した。


「待ってください」異議の声を唱えたのはクラリッサ。湖で溺れたリエトを助けたという貴族の令嬢はベルティーナで、ずっとベルティーナを好きでいたリエトにあんまりだと叫ばれても今更だ。

 ベルティーナ自身に別の問題が浮上した。その初恋の相手が自分じゃなく、自分そっくりに女装したアルジェントだと話すか、話すまいか。

 プライドの高いリエトが初恋の相手が同性だと知った時のショックは予想するに大きいだろう。しかもこの場には国王夫妻だけではなくクラリッサやビアンコもいる。リエトだけだったら苦渋の選択として事実を話した。


 違うと否定してもクラリッサは断固として認めない。リエト自身がベルティーナだと認識しているのが大きい。この場をどう収めるかと頭を悩ますと肩に手が乗った。

 アルジェントだ。



「ベルティーナ、もう言っちゃいなよ」

「簡単に言わないで。大体此処には」

「どうせいつか知るなら、今言ったところで大して変わらないさ」



 変わる。誰がいるかにより非常に変わる。

 アルジェントを止めても遅かった。



「王子様、湖で溺れた君を助けたのは俺だよ」

「は?」

「言われるまですっかり忘れていたんだ。確かに水中で溺れている人間を助けた覚えがある」

「ま、待て、それが私だとは」

「毛先が青い金髪に紫の瞳っていうのは、俺が君を引き上げた後君を見ていてってベルティーナに頼んだからさ。多分、意識が戻った君が見たのは君の様子を見ようと顔を覗き込んでいたベルティーナだよ」



 アルジェントが言ってしまっては後には引けず、盛大に呆れながらもベルティーナは事情を説明した。


 当時は背格好が同じで周囲の目を盗んでは外へ行って双子の振りをして遊んでいて、偶々湖までアルジェントの力でやって来たところ、湖で溺れているリエトをアルジェントが見つけて救出した。濡れた体を拭くのにとタオルで全身を拭き、陽光の下に置いては肌が焼けると瞼と鼻、口だけ露出させていたから殆ど顔は見ていなかった。


 アルジェントは溺れている人間の子供を引き上げた認識だから助けたという感覚はなく。

 ベルティーナは助けたのはアルジェントで自分は様子を見ていただけだから当然助けたという感覚はなく。


 どちらもリエトを助けた感覚がなかった為につい最近まで気付かなかった。


 唖然とするリエトや残念な目を向ける国王夫妻の視線が居た堪れない。こうなるから、話したくなかった。話すならリエトしか第三者がいない場で話したかった。



「これが真相です。殿下には大変申し訳ないと思います……」

「……」



 やはりショックが大きいようでピクリとも反応しない。


 これ以上は何も言わない方が良いと判断したら、高い声に非難された。



「あ、あんまりではありませんかベルティーナお姉様! 王太子殿下がどれだけお姉様を想っていたか、私は知っているのに!」

「貴女が知っていても私は知らない。湖の件以外では既に殿下とは話が済んでいるわ」

「でもっ」

「他人より自分の心配をしなさい。お兄様は貴女を引き取ると仰っているけど、モルディオ公爵夫妻の罪はすぐに知れ渡る。そうなれば貴女もただではすまない」



 やらかした罪が大きすぎてクラリッサを嫁にと欲しがる家はきっとない。相当な訳アリ貴族からの求婚ならありそうだがお勧めはしない。



「だったら、アルジェント君と結婚させてください! 公爵家を出て行くベルティーナお姉様にアルジェント君は必要ないでしょう!?」

「あるわよ。仮に出て行かなくてもアルジェントは渡さない」



 それ以前に。



「アルジェントが自分は悪魔だってさっき言ってなかった? それでもまだアルジェントが好きだと言うの?」

「よく分かりませんけどアルジェントくんが好きなんです」



「だ、そうだけど?」とアルジェントに振った。肩を竦め、苦笑したアルジェントは何も言わない。もう、と呆れたベルティーナはクラリッサから強い視線を向けるビアンコに向いた。



「なにか?」

「こ、公爵家を出て行くのか?」

「ええ」

「家族なら、助け合うのが普通だろ!」

「家族? 誰と誰がですか」

「は」

「他に言い方がないので貴方をお兄様と呼びますが貴方を兄だと思ってはおりません」

「な、僕はお前の兄だぞ!?」

「言っておきますわね。貴方はお父様やお母様とは違って叔母様の魅了には掛かっていません。なので、今までの私への態度は全て貴方の本心からきています。本心で私を落ちこぼれで両親に愛されない妹だといつもせせら笑って、今更兄ぶらないで」



 始めに話を聞いた時はビアンコの態度があんまりなのも魅了のせいかと思っていたがイナンナからの話を受けてそれはないとなり、今までの行いは全てビアンコ自身の意思からくるものと断定。自分が責められれば泣いて両親に縋って妹を叱ってもらう本物の情けない兄だったと知った時の絶望と呆れは凄まじかった。


 同時に楽にもなった。


 蒼白な顔で「違う……違う……僕はお前の……」と繰り返すビアンコを見ても可哀想だともざまあみろとも思えない。


 


「は~い、そろそろあたしのお願いをしたいのだけど~?」


 のんびりな声が扉が開かれた瞬間に響いた。


 

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