自白剤②


 まともな思考を持っていれば実兄と体を重ねようとする妻を止める、子供を作ろうとするのを反対する。子供に関しては譲れなくてもその他に関してはもっと積極的に止められたのではないのか。優し気な微笑みを携えたまま、ある意味でアニエスをどん底に突き落とす言葉を紡ぐルイジ。



 ――何かしら……この違和感



 二人の夫婦仲は非常に良好で社交界でも有名な程。愛している妻と自分の子を欲しいと感じるのは愛し合う夫婦だからこその感情なのだろうがルイジはそうなのかと疑問に感じてしまった。アニエスを愛しているのは確かだとしても、何かが違う気がしてならないベルティーナ。



「だ……旦那様は、お兄様に避妊薬を飲ませていた……ってどうやって……」

「ほら、君に体に良いお茶が手に入ったから義兄上にと何度かプレゼントしただろう? 君は私を信用してくれているから何も疑わずに義兄上に飲ませてくれた。そのお陰で義兄上の種は殆ど機能せず、僕は君との可愛い娘を手に入れたんだ」

「わたくしだって貴方の時には避妊薬を……!」

「君に飲ませていたのは妊娠がしやすくなる薬だよ。早く君との子が欲しかったんだ」

「じゃ、じゃあ、クラリッサはお兄様の子じゃない……」



 呆然としたアニエスの目がクラリッサに向けられ、華奢な肩がビクッと跳ねた。震えながらアニエスを見た直後、アニエスの形相が変わりクラリッサを指差した。



「お兄様の子じゃないあんたなんか要らないわ!!」

「お、お母様……」

「アニエス」



 ルイジが落ち着かせるべくアニエスの肩に手を触れるが勢いよく振り払われた。アニエスの豹変には誰もが驚き、硬直してしまった。膝の上に置く手を握る締める力が今度は怒りで強くなる。

 ベルティーナ自身クラリッサは嫌いで気に喰わない相手だが、目の前で大好きな母親に否定され挙句兄の子じゃないというだけで罵倒されてもいいとは到底思えない。

 自分勝手極まるアニエスの暴言を聞いているとイナンナの振りをしているのを忘れ素が出てしまいそうになる。気配を察したアルジェントが椅子の背を強めに叩かなかったら飛び出してしまいそうになっていた。


 前を向いたまま小声で「ありがとう」と述べると「此処は耐えて」と返された。



「旦那様も旦那様よ!! わたくしがお兄様をどれだけ愛しているか知っているくせに裏切ったのね!! 許さない!!」

「冷静になるんだアニエス」

「冷静になんかなれる訳ない!! 魅了に掛かっているのに何故わたくしの邪魔をしたの!? わたくしを愛しているならわたくしの邪魔をしないでよ!!」


 

「生憎ですがモルディオ夫人」と冷静な声色で場の主導権を一気に握ったアルジェントがルイジは魅了に掛かっていない旨を話した。瞠目し、信じられないと首を振るアニエスの言葉を否定した。



「事実ですよ。モルディオ公爵はアンナローロ公爵夫妻のような魅了に掛かった者特有の症状が無かった。所持者を心の底から愛しているから魅了に掛からないという場合がある。モルディオ公爵はその例に当たる。避妊薬を使ってアンナローロ公爵との子を出来なくしたのも、貴女に避妊薬と偽って妊娠がしやすい薬を飲ませたのも、貴女への愛だと窺えますよ」



 最後ぼそりと「理解不能だけど」とベルティーナにだけ聞こえる声量で呟き、聞いた本人は呆れ、ちらりと家族の方を向いて体を動かしかけた。

 両親の顔色が真っ白になりビアンコも二人の異変に気付き「父上! 母上!」と叫んだ。



「陛下、父上と母上をすぐに医務室へ運ぶ許可をください!」

「勝手な事しないで!!」



 早急に医師の手当てを必要とする二人の為にビアンコが国王に願った直後、ルイジの手から逃れクロウの側へ来たアニエスはカタリナやビアンコを突き飛ばし椅子に座ったままのクロウを抱き締めた。



「お兄様はわたくしのものよ、お兄様は渡さないっ」

「叔母上は異常ですっ、父上は叔母上の」

「実の兄だからなに? わたくしはお兄様を一人の男性として子供の時からずっと愛していたの。お兄様だってわたくしを一人の女として愛してくれたわ! 愛し合うわたくし達が子供を作って何が悪いの!!」

「いい加減にしなさい! アニエス!!」



 席から立ち、声を上げたのは王妃。



「貴女とクロウ殿の関係は昔からおかしいとは思ってはいました。けど先代公爵夫妻や周りは二人の関係を異常とは見ず、ただ仲良しな兄妹だと見ていた。その理由が今やっと分かりました。アニエス、貴女虚しくないの?」

「どういう意味よ」

「魅了を使わないと愛を得られないなんて、そんな愛は偽物よ。魅了がなくても貴女を本心から愛してくれる人がいたのに貴女は偽物の愛に縋って、今こうやって破滅していっている」

「偽物? 偽物ですって? お兄様のわたくしへの愛が偽物だと!?」

「王妃殿下の言葉には同意するわ~」



 ずっと黙ったままではイナンナなのかと疑われる、というよりかはどうしても言いたくなっただけ。アルジェントに目配せをし、頷いた彼は懐から紙の束を取り出した。幼少期から書いているクロウの日記から一部を抜粋したものを紙の束に纏めた。クロウの心の声が綴られていると国王に渡した。


 受け取った国王は文字に目を通し、何枚もある紙を捲っては瞳が揺らいだ。途中アニエスが叫ぶも一言で黙らせ最後まで読み、苦し気に瞼を閉じ緩く首を振った。



「王妃の言う通りだ。モルディオ夫人、アンナローロ公爵はそなたを愛してなどおらん。寧ろ逆だ」

「何を言ってっ」

「公爵は幼い頃から、異常に好意を見せるそなたが怖いと、異常だと感じていた。だが両親に訴えても妹を大事にしない兄とされ折檻を受けるのが怖く、そなたの望む兄を演じていたのだ」



 幼少期から既に魅了の力を持っていたアニエスは両親を魅了で絶対の味方につけ、拒むクロウを両親に泣き付き暴力や暴言を加える事で従順にし、理想の兄であり男にした。



「此処に記されている事が嘘だと私は思いたい。一部を抜粋ということはもっと他にも?」

「ええ。公爵の日記を読んだベルティーナ嬢の従者殿曰く、一応マシで明確な内容を選んだと。更に酷いものもありますが聞きたいですか?」

「遠慮する……」

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