クラリッサに渡しなさい②

 

「あらあ~災難だったわね~」



 大聖堂へ行くと二人が来ると予期していたイナンナが正面で待ち構えていた。滅多に見られない大神官を一目見ようと大勢の人で賑わっていた。着ている神官服はイナンナ特注の色気タップリ衣装ではなく、正式な大神官服だった。胸も脚も大胆に見せた大神官服を着て前に現れたら、それはそれでどうなのかと抱く。

 神官達が盾となって道を作り、イナンナの許へ届けてくれた。彼等にお礼を述べ、先頭にイナンナを置いて中へ案内された。大神官の部屋に通されるとゆったりとしたソファーに座ったイナンナの隣を叩かれ、若干距離を開けて座った。途中で事情を話すとけらけらと笑いつつも、お陰で大体の目的が読めたと語られた。



「目的ですか?」

「ええ。ベルティーナちゃんも言っていたじゃない~クラリッサちゃんを養女にする理由を」

「本気で疑似親子を……?」



 兄が好きだからと言ってやり過ぎではと抱く。クラリッサを兄の養女にしてもアニエスはもう母親とは名乗れないのではと。微笑みながら「いいえ」とイナンナは否定した。



「クラリッサちゃんを養女にするのが大事なのよ~」

「それは、疑似親子をさせたいからでは?」

「これ、あたしの予想なんだけど~クラリッサちゃん……クロウくんとアニエスちゃんの子供って線があるわよ~?」

「は!?」



 予想外にも程がある発言をされ、淑女の仮面も何もない素のままの感情を剥き出しにしてしまい、途端に恥ずかしくなったベルティーナは小さくなった。違う意味で笑うイナンナは側に控えるアルジェントにも意見を求めた。



「悪魔王子はどう思う~?」

「なんとも。ただ、クラリッサに何の力もないのは分かった」

「え」



 ベルティーナの丸い紫水晶の瞳を見ながら、アルジェントはさっきキスをされた時クラリッサに特殊な能力があるのかと探ったそうな。結果は白。アンナローロ家の面々や王太子の可愛がりは本心からきていると判明した。



「簡単にキスされたと思ったらそういう事なのね……呆れた」

「もっと他に方法があったんじゃないかって?」

「そうよ」

「手っ取り早かったんだ」

「もう」



 お陰で要らぬ面倒が引き起った。アルジェントに顔を寄せさせ、真っ白な頬を両手で引っ張った後イナンナに向いた。痛そうに頬を擦っているアルジェントは放置して。



「クラリッサがお父様と叔母様の娘と思うのは何故です?」

「逆に聞くけど~ベルティーナちゃんが思わないのは何故?」



 質問を質問で返さないでほしいがイナンナに問われ、異常な可愛がりようを何度も見ているとその線があってもおかしくはないが。



「あの二人が異常に仲の良い兄妹でも、一線を越えるまでの異常さを持っているかと聞かれると……思わなくて」

「案外踏み越え行っちゃってそうよ~」

「叔母様はともかく、お父様が考え難くて」



 女性関係で言うと叔母以外とは全く何も浮ついた話は聞かず、両親の夫婦仲は娘のベルティーナから見ても大変良好で。母が父に惚れているのもあるが父自身も母に惚れて婚約したと昔家令に聞いた。



「大神官が言っている言葉は一理ある。俺もベルティーナの疑問にも理解出来る。仮に、本当にクラリッサが二人の子供だとして、アンナローロ公爵夫人やモルディオ公爵が気付いてないのは不自然だ」

「容認してるとか?」

「人間は近親相姦を忌み嫌うって聞くけど、そうじゃないの?」

「許されないわよ。でも……イナンナ様とアルジェントの話を聞いていると、疑いが真実かもってなってくる」



 そうなればやはり最大の疑問は父と叔母の関係。


 最も疑問視しなければならない人達があの二人の関係を良しとしているのか、更に調べる必要が出てきた。



「ベルティーナちゃん、今日大聖堂で泊まる? 帰り辛いでしょう?」

「そうですが……帰ってからの面倒が増えそうなので帰ります」

「じゃあ、あたしも一緒に行こうかしら~クラリッサちゃんに何もないなら、アニエスちゃんの可能性が大きいもの~」



 ●〇●〇●〇


 大聖堂を出て真っ直ぐ屋敷に帰らず、幾つかの店に寄り道をして帰宅した。馬車を降りると家令が焦った様子で応接室で父と叔母、それにクラリッサが待っていると告げた。更に母や兄まで同席しているとか。アニエスの事、起きた事を誇張して言っているに違いない。緊張がベルティーナを襲うも、アルジェントが側にいるのだから大丈夫。

 馬車には降りていないが大神官イナンナがいる。タイミングを見て降りると言っていたので後で来るだろうと先に屋敷に入り、皆が待つと言われた応接室に入った。

 顔を出したベルティーナが開口する前に大股で近付いた父が手を振り上げ、勢いのまま振り下ろした。咄嗟にアルジェントがベルティーナを下がらせたので強烈な平手打ちからは逃れられたが、いの一番に打ちにくるとは思わなんだ。

 勢いが強すぎたせいで父は床に倒れてしまい、母が慌てて駆け寄った。何とも間抜けだ。



「ベルティーナ! 避けるとはどういう事ですか! どうして旦那様に打たれるのか、貴女がよく分かっている筈です!」

「分かりませんわ」

「なっ」



 ベルティーナはクラリッサとアニエスを一瞥した。アニエスは忌々し気にベルティーナを睨み、クラリッサは少々顔が青い。近くに座るビアンコも顔が青い。此方は何故と首を傾げた。



「ベルティーナ!!」



 床に座り込んだままの父の怒声が響く。



「アニエスから聞いた。お前の従者がクラリッサに手を出したとな!!」

「出していません。足を挫いて動けなくなったクラリッサを抱き上げて別の場所に移動させようとしたら、クラリッサからアルジェントにキスをしたのです」

「クラリッサはお前の従者からされたと泣いて訴えている!! 見え透いた嘘を吐くな!!」



 クラリッサが言えば真実で、ベルティーナが言えば嘘で。此方がどれだけ真実を語ろうとクラリッサを溺愛する者達は耳を貸さない。

 父はその場で立ち上がり、手を貸そうとした母の手をやんわりと断り、ベルティーナを激怒の念で見下ろす。ベルティーナも負けじと父を見上げた。

 激怒に加えて苛立ちが増えたが知った事じゃない。



「クラリッサはそこの従者をモルディオ公爵家に渡せば許すと言っている。早急にお前の従者をクラリッサに渡しなさい」

「お断りです」

「何だと!? 手を出したお前の従者をクラリッサに渡せと言っているんだ!!」

「私もお断りだと言っています。アルジェントはアンナローロ公爵家に雇われている従者ではありません。私にだけ仕える、私だけの従者です。仮令お父様であろうとアルジェントについて口出しされたくありません」

「誰に向かって言っている!!」

「私の目の前には今お父様しかいませんが?」

「~~~!!」



 大きな声で怒鳴られようが、音で威嚇されようが、権力を笠に着られようがアルジェントは渡せない。アルジェントを拾って、死ぬまで面倒を見ると約束した。寿命の長さで言うとベルティーナが先だとしても、最後まで一緒にいるとお互いに決めた。

 おろおろとする母は父の後ろからアルジェントをクラリッサに渡すようベルティーナに命令するが絶対にお断りだ。



「お兄様、落ち着いてください。わたくし達も急過ぎてしまったのです。ベルティーナさんとそこの従者は幼い頃からいた間柄。急に離れろと言っては反発されるのは当然です」

「アニエス、可愛いクラリッサを傷付けられた私の怒りは収まらん!」

「ありがとう。そこまでクラリッサを想ってくれて。でも、わたくしあまり怖いのは好きじゃないの」



 ゆったりとした足取りで渦中に立ったアニエスは怒りで鼻息を荒くする父の肩に触れ、腕に頬を寄せた。



「ベルティーナさん。貴女の従者、どうせ身寄りが不明な孤児でしょう? クラリッサに渡しても問題ないじゃない。貴女の新しい従者は王家が用意してくれるわ」

「昨日の話をお忘れで? 私、殿下に婚約破棄をされました」

「ああ、それ? 今日、お兄様が陛下に掛け合って下さって王太子殿下にはしっかりと撤回させました。後日、話し合いの場を設けられたの。そこで王太子殿下がベルティーナさんに謝罪をし、ベルティーナさんはそのまま王宮に移り住む手筈になったの」

「……」



 ベルティーナの知らない場所で勝手に話が進められている。プライドの高いリエトが説得された程度で一度放った発言を覆すかと思うも、相手が国王と王太子派貴族筆頭たるアンナローロ公爵なら屈してしまう。

 アニエスの瞳がアルジェントへと滑らかに移った。



「貴方だって、王太子妃になるベルティーナさんの従者にいつまでもなれると思っていないわよね?」

「お嬢様の御意思に従うまでです」

「ベルティーナさんには王太子殿下が付いています。貴方はもう必要ないの。仕事が無くなる貴方をクラリッサの従者として正式にモルディオ公爵家で雇ってあげます。ベルティーナさん個人で雇われているなら、大した給金は貰ってないでしょう?」

「いえ? 俺はあまり物欲がないのでお嬢様から頂いた給金には殆ど触れていません」



 実際には給金は払っていない。欲しい物があればその都度購入しているだけ。アルジェントを懐柔したいらしいアニエスだが、全く話に乗らないアルジェントに苛立っているのが分かる。側にいる父も然り。

 すると、黙ったままのクラリッサが突然立ち上がり此方へと来た。



「ベルティーナお姉様! アルジェント君を解放して、私にください!!」



 アルジェント君!?


 ベルティーナとアルジェントの心の声が重なった瞬間であった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る