異常過ぎる兄妹

 


「ん……」



 眩しい朝日に瞼を照らされ、重たく開けたベルティーナは数度瞬きをするとのんびりと上体を起こした。大きく伸びをして欠伸を漏らし、衣装部屋に目をやった。微かに隙間がある。アルジェントはもう起きている。自分も起きようと眠い意識を無理矢理覚醒させ、窓に近付いた。小鳥達が並んで青い空へ飛んで行く。アルジェントに頼んで子供の頃はよく空を飛んだ。誰にも邪魔されない、好きなように飛べる鳥が心底羨ましくなった。ベルティーナが飛びたくなったらいつでも言えばいいとアルジェントは言ってくれたが、そういえば、と思い出した。

 リエトがクラリッサを可愛がり始めてから王妃教育の時間が長くなり、終わった後のリエトと過ごす時間も伸ばされた。内容が本格的になったから? どうも違う気がする。会ってもテーブルに置かれたお茶を飲むだけでお互い無言。ベルティーナは持参した本を読み、リエトはじっとべルティーナを見ているだけ。人を穴が空きそうな程見るので居心地が悪くて仕方なかった。


 リエト関連で思い出す、昨日の今日での呼び出しはないだろうなと。どうやってべルティーナが大聖堂にいると突き止めたか知らないがリエトに会いたい気持ちがまるでない。会ってもクラリッサがいる。目の前で恋愛脳な恋人達のいちゃつきを見せられると地味に腹が立つ。

 昨日の夜読了した『兄妹の関係』はヒントになる事柄はなかった。やはり、大人になっても兄にベタベタするアニエスが異常なのか。実はベルティーナが知らない世界があるのか。謎は深まるばかり。



「お父様と叔母様を詳しく知る人と言えば……」



 領地にいる父方祖父母だが、王都から領地は馬車で半月は掛かる。更に二人は現在旅行へ行っている最中。戻ったら一度王都にある屋敷に顔を出すと言っていたが、戻るのにも時間が掛かる。アルジェントに言えばあっという間に二人の許へ飛べるが祖母は心臓が弱い。驚かせてそのまま……もあり得る。二人以外となると一人心当たりのある人がいる。



「あれ、おはようベルティーナ」

「おはようアルジェント。朝早くから悪いけど、呼んできてほしい人がいるの」

「誰」

「家令よ」



 祖父が公爵をしていた時から仕える、アンナローロ家に最も長くいる人。幼少期の父や叔母をよく知る人。

 アルジェントは言われた通り家令――リカルドを連れて戻った。



「お呼びですか? お嬢様」

「ええ。朝早くからごめんなさい。ちょっと、昨日の事が気になって」

「昨日ですか?」

「ええ、お父様と叔母様よ」



 リカルドの顔色が明らかに変わった。



「前からお父様と叔母様は仲が良いとは思っていたけれど、昨日の叔母様がベタベタしても怒らないお父様を見て流石に仲が良すぎると心配になって……家令は二人の子供の頃を知っているでしょう?」

「はい……アニエス様は昔から旦那様――クロウ様にベッタリでした。何処へ行くにもクロウ様の後を付いて行き、何をするにしてもクロウ様が側にいました」

「お母様は何も言わなかったの? いくら兄妹だからってあまりに……」

「いえ……奥様は、私が知っている限りでは今まで一度もクロウ様とアニエス様の関係に口出しはしませんでした。常に微笑を携え、お二人を離れた場所から見守っていました」



 聞いているだけでおかしさ満点で、している本人も可笑しいとは思っているようで。愛する男性の愛する妹なら多少は我慢が必要でも、長年何も言わず二人の関係を容認しているのは逆に父が好きじゃないと言っているもの。が、母は深く父を愛しており、父も父なりに母を愛している。



「アニエス様がモルディオ公爵様に見初められ、あっさりと求婚を受け入れ嫁いだ時私は安心しました。これでクロウ様の目も少しは覚めるでしょうと」



 が、実際は目を覚ますどころかアニエスは頻繁にクロウと手紙でやり取りをした。一定の期間で実家に顔を出す時、夫のモルディオ公爵も一緒だがアニエスはクロウの側から離れない。

 不気味な話だがアニエスに惚れているモルディオ公爵は目の前で度が付く仲の良さを披露する二人を微笑ましく見つめていただけとか。


 側で聞いているアルジェントは深く考え、頭が痛くなってきたベルティーナは額に手を当てた。



「異常だわ……何故誰も不審に感じないの」

「分かりません……クロウ様もモルディオ公爵様もアニエス様を溺愛されております。奥様もアニエス様とは非常に関係が良好です。恐らくそのせいかと……」



 だとしても異常だ。

 家令にお礼を述べた後、部屋から出した。



「叔母様はお父様を愛しているのね」

「妹として?」

「女性としてよ。そうでなければ、その引っ付き具合は異常よ」



 更に情報が欲しくなり、別の意味で知っていそうな人から話を聞きたい。その前に朝食が待っている。態々食堂へ行くのが面倒くさいが破ると父が怒鳴り込んでくる。ベルティーナを除け者にしながら、家族がいる場に顔を出さないと怒る。王都一面倒くさい父親である。


 盛大な溜め息を吐き、着替えるべく侍女を呼ぶ呼び鈴を鳴らした。アルジェントに部屋から出るよう告げると何故か底意地の悪い顔をして立っていた。



「ベルティーナ。ベルティーナの目に俺はどんな悪魔に映る?」

「ぐうたらしたいくせにお世話好きな悪魔、かしら?」

「ベルティーナ限定だよ」

「ありがとう」

「ベルティーナには親切にするけど、他の人間にはそうだと限らない」



 何を言いたいのかイマイチ見えず、大量の疑問符を飛ばしていると呼ばれた侍女が現れた。アルジェントは着替えに関してはノータッチなので部屋を出ないとならない。退室間際、耳元で「従者であっても本質は悪魔なのを忘れないで」と言い残された。アルジェントが消えて行った扉を見つめ、言われた意味を考えようとするがさっぱりでお手上げ。



「お嬢様?」

「ああ、ごめんなさい。着替えを手伝って」

「はい」



 アルジェントが何を言いたいのか、着替えが終わって食堂へ向かう途中ずっと考えてみたベルティーナだが最後まで分からなかった。

 席に着くといつも嫌味を言ってくる父が今日は静かだ。昨日の夕食からこの調子。母と揃って視線を送ってくる。ビアンコを一瞥すると目の腫れは消えている、翌日になっても腫れていたらずっと泣いていた事になり、それはそれでドン引きだ。

 ナイフとフォークでパンケーキを切り、生クリームとイチゴジャムをたっぷりと載せていると咳払いをした父に呼ばれる。



「ベルティーナ、昨日の婚約破棄についてだが私が殿下に話をつけておく。だから下らん意地を張るのを止めろ」

「はい?」



 ベルティーナは手を止めて父を凝視した。



「全く、殿下に婚約破棄されて焦っていたなら何故言わなんだ。だからお前は可愛げがないと言うんだ。殿下がクラリッサに惚れてしまったのは仕方ない。お前と違ってとても可愛い子だからな。王太子殿下とお前の婚約は王家にとっても非常に大事な意味がある。後日、場を設けてあげるからその場で殿下にしっかりと詫びを入れるんだ。いいな」

「なら尚更、殿下の婚約者はクラリッサがなるべきでは?」

「な、お前は人の話を……」

「クラリッサを養女にするのでしょう? そして邪魔な私は修道院へお払い箱。クラリッサはモルディオ公爵家の令嬢です。我が家の養子になったからと言っても公爵令嬢なのは変わりません。

 貴方方揃いも揃ってクラリッサは可愛い可愛いと仰るのですから、養女になるクラリッサが王太子殿下の婚約者になるのが筋では? そうすれば、可愛いクラリッサが残りますのに」

「クラリッサはとても可愛い子ではあるが王太子妃になれる頭はない。可愛げがなくても王太子妃としての素質があるお前が最適なんだ」



 出掛かった言葉を必死になって飲み込み、ナイフとフォークを持つ手が強まった。今父は何と言った? その言い方ではクラリッサは可愛さしかない馬鹿だと言っている。自分の言葉を理解していないのか、特別可愛がる姪を馬鹿にしたのに気にせずパンケーキを食している。母も同じ。父の言葉に同意し、そこに女の嫉妬は醜いと頓珍漢な小言を飛ばす。

 チラリとビアンコを見ると、こっちは信じられない者を見る目で父を見ていた。ビアンコの方がまだマシな感覚を持っている。

 同じ空間にいるのが堪らなく嫌になり、早く食べ終えて食堂を出た。後ろを歩くアルジェントも先程の父の発言に吃驚していたようで。



「公爵にとって、クラリッサは可愛がるだけの人形か何かか?」

「意味が分からな過ぎる……頭が痛くなってきた……後で鎮痛剤を持って来て」

「精神的なものだから効果は期待薄だよ。気晴らしに俺と出掛ける?」

「それが良いわね……もう、あの人達と同じ空間にいたくないわ」

「うーん……これだと屋敷を出て行く方が良いのかもね」

「いいえ……調べ物が終わるまでは耐えるわ。耐えきれなくなったらお願いする」

「無理しないでね」

「うん……」



 意味不明を何百回も言ってやりたい人間が自分の両親だと信じたくない。婚約破棄をされてから意味不明な出来事が多すぎる。始めはリエトの行動だったのに、今は両親、特に父親の頭の中。

 部屋に戻ったべルティーナとアルジェント。扉を閉めたアルジェントに抱き付くと頭を撫でられる。



「私の理解力がないから? それとももっと別の意味があるとか……?」

「うーん、どうだろう。君の兄君も公爵の発言に戸惑っていたから、べルティーナの理解力が乏しいって訳じゃない」



 べルティーナの能力は知らない。夜会やパーティー、お茶会で顔を合わせてもべルティーナが即座に場所を変えるので長時間同じ場所には決していない。



「はあ……」

「大きい溜め息」

「吐きたくなるわ。クラリッサを養女にする理由って何だと思う?」



 仮にクラリッサを王太子妃にしたいなら、養女にしなくてもモルディオ公爵家でも十分後ろ盾となる。



「モルディオ夫人とそっくりだから……夫人はクラリッサを養女にする事で公爵と疑似家族にでもなりたいんじゃない?」

「あ……有り得そうで怖い……」



 アルジェントの言う通りなら、アニエスの父に対する気持ちは常人では理解に及ばない超越的思考となる。






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