兄妹
『ちょっと気になって声を掛けたの〜何かあった〜?』
「実は……」
屋敷に戻ってからの話をイナンナにした。興味深げに最後まで聞いたイナンナはある疑問を出した。
『ベルティーナちゃんの話を聞いてから不思議に思っていたの〜貴女の従妹は本気で王太子妃になるつもりはないのではなくて?』
クラリッサの様子から見るにベルティーナも同意見。王太子妃になるのが目的ではないのなら、何が目的か。ベルティーナへの嫌がらせにしても、リエトと手を組んでまでする事だろうか。
『王太子の坊やは少し前に目が覚めて帰って行ったわ〜ベルティーナちゃんが悪魔王子と帰ったって言ったらね〜』
「私がアルジェントと帰ったと聞いて殿下が帰る意味があるのですか?」
『必死よね〜王太子の坊や〜。ベルティーナちゃんが悪魔王子に取られそうで』
「?」
イナンナの不明な話は横に置き、続きを促した。
『従妹ちゃんはモルディオ公爵家のご令嬢でしょう? 母親は、べルティーナちゃんの父親クロウ君の妹だっけ~?』
「そうです。今でもとっっっても仲の良い兄妹ですよ」
子供ならいざ知らず、良い歳した大人が子供の前でベタベタするのは如何なものかと。母が何も言わないのもある意味不自然だ。昔から母は父とモルディオ夫人がベタベタしていても何も言わず、微笑まし気に見守っている。仲良し兄妹と知っていても行き過ぎだと疑問にならないのか。
「クラリッサの目的もですが殿下の目的も見えません。嘘が嫌いなのに、婚約破棄する等と言う嘘を言う必要があるのでしょうか」
『王太子の坊やは必死なのよ~。あたしは別件で気になる事があるだけだから、王太子の坊やの真意についてはべルティーナちゃんが探しなさいな』
「そのつもりです」
自分の耳できちんと確認しないと気が済まない。
『べルティーナちゃんの従妹ちゃん、べルティーナちゃんを除いたアンナローロ公爵家の人達にはやけに好かれているわよね~それが気になるの』
「殿下のその一つですよ」
『王太子の坊やは手遅れ一歩手前の拗らせ坊やなだけよ~。あたしにとって重要なのはクラリッサちゃんの方なの~』
イナンナの語るリエトはベルティーナにとって理解不能で別の人間と間違えて語っていないかと心配になってくる。リエトの話題を横に置くのはべルティーナも賛成だ。クラリッサの好かれ方は異常だとイナンナは指摘した。
「大神官が言っていたマリアの愛し子?」とアルジェント。
『それはないんじゃない~? 王国の貴族に誕生した子は例外なく大聖堂で検査をする。マリアの愛し子ならあたしが気付ける』
「なら……ふむ……調べるしかないか」
「そうね。どちらにしろ、調べなきゃ分かるものも分からないわ」
イナンナの方も独自に調査をすると決まって鏡から消えた。見目は派手で少々悪趣味だが不思議な鏡だ。大聖堂、主に大神官が持つ宝の一つだとアルジェントは話した。悪魔が使う魔法と似たようなものだと。
「神聖な場所なのに、悪魔が使う魔法と似てる、ね」
「使う力は神聖だよ。現に、俺が鏡に触れたら手が燃えたでしょう?」
「あれはビックリしたわ」
アルジェントには二度と触らせない。
紅茶が欲しいとアルジェントに頼み、彼が出て行くと柔らかな素材の椅子に腰を下ろした。先程から立ったまま会話をしていたので少し足が疲れた。
アルジェントなら態々言わずとも、紅茶と一緒にクッキーを持って来てくれる。
クッキーには苦い思い出がある。
王妃教育が終わった後、頑なな態度を崩さないリエトに落ち込むベルティーナに王妃気を遣ってリエトの好きなクッキーを教え、城の料理人と一緒になって作った焼き立てのクッキーを作った。
勇気を出してリエトにクッキーを差し出したベルティーナだが……振り返る事もなく、手で制し一言要らないとだけ告げて鍛錬場へ行ってしまった。
「その時からね……王妃様が気を遣おうが私が歩み寄ろうが殿下が決して心を開く事はないと」
ベルティーナは諦めた。愛し愛されなくても、お互いを尊重し、信頼し合う夫婦となるのを。
以降は王妃が気を遣おうが周囲が気を回そうが一切リエトに関する事柄を遮断した。王妃教育が終わればリエトに会いに行くのを止めアルジェントとまっすぐ屋敷に帰り、王妃から美味しいクッキーを渡されてもリエトではなくアルジェントと食べたり、仲良しな侍女から聞いた流行りの小説を読んで感想をリエトではなくアルジェントに聞かせたりと。リエトと少しでも一緒にいようと話題作りの為、ジャンルは選ばず本を沢山読んだ。べルティーナが喋っているだけのお茶の日でも読了した本の感想をよく言っていたがもう何も言わなくなった。
お互い無言のままお茶を飲み、持参した本を読み続けた。前の方から突き刺さる視線を貰おうがその時点でリエトに何も期待していないべルティーナは時間が過ぎるのをただ待った。
終わりの時間が来るとアルジェントを連れて早々にアンナローロ公爵家の屋敷に帰るだけ。
確か、その頃からだった。リエトまでもがクラリッサを可愛がり始めたのは。かと言ってべルティーナはどうこうするでもなく、何時か婚約破棄か解消される期待度が大いに高まり何時のその日が来るのかと長らく待っていた。
待っていたのにリエトとクラリッサの嘘の可能性が出て来た。非常に大きい。
「疲れる人達」
「なら、紅茶を飲んで休憩しよう」
紅茶のセットをカートに載せてアルジェントが戻った。ティーポットから香る華やかな香りに頬を緩めると遠慮がちにノックをされた。入室してもらうと兄ビアンコ。手にはクッキー缶を持っていた。
「何か?」
「あ、ああ……今日皆で行ったスイーツ店で買ったべルティーナへのお土産だよ。クッキーが好きだっただろう」
はて、と内心小首を傾げた。兄にクッキーが好きだと話した覚えは一切ない。差し出されたクッキー缶を受け取り、見覚えのある缶を暫し眺めた後。べルティーナは流れるようにクッキー缶をアルジェントに渡した。
「あげる」
「な、ベルティーナ!」
「一体誰から私がクッキーが好きだと聞いたか知りませんが何でも好きという訳じゃありません。お兄様が渡したクッキーにはブルーベリーが練られているようですが、私ブルーベリーは嫌いなので絶対に食べません」
「え……!」
クッキーが好きなのは知っていても、ブルーベリーが嫌いなのは知らなかったみたいだ。固まったビアンコに声を掛けても、ショックなのか動かない。アルジェントに目配せをし、動かない内に部屋から追い出してもらおうにも意識が戻ったビアンコはアルジェントから逃げた。
面倒臭いと隠さず睨んだら慌てて弁明を始めるもベルティーナからするとどうでもいい。
「うるさいので出て行ってください」
「お前に気を遣って折角買ってきてやったのにっ」
「お兄様からの贈り物なんて要りません。新しく妹となる予定のクラリッサにでもあげたらどうです?」
「っ、父上や殿下に可愛げがないと言われるのはそういうところなんだぞ!!」
「なら、お父様や殿下に告げ口しては? 昔みたいに」
「……っ」
プラチナ伯爵令息がお兄様だったら良かった発言や、泣かされた時父に突き放された時。そのどちらかでもベルティーナに謝ってさえくれていたら、小麦一粒分はビアンコを兄と思う気持ちは残っていたかもしれない。現実はそうじゃない。ビアンコを兄だと思わない。兄妹仲良くをしたければクラリッサとすればいい。
「さあ、早くしてくださいよ。ベルティーナが、ベルティーナが、って」
「お前は……ベルティーナは……そんなに僕が嫌いなのか? 僕は……」
「嫌いか好きかと聞かれれば嫌いです大嫌いです。お兄様と呼ぶのも吐きそうになるほど嫌いです。なので、貴方に私の事を気持ちが砂粒程度でもあるのなら、是非出て行ってください」
「……なんで……僕は……」
人の話を聞いているのだろうか。断固拒絶の態度を崩さないベルティーナに絶望したビアンコは涙を流し始めた。幼少期なら顔を真っ赤にしたまま母に泣き付き、事情を聞いた両親から平手打ちをされる。成人しても妹に泣かされたのを両親に叱ってもらう情けない兄ならビアンコへの気持ちにドン引きが追加される。
アルジェントに視線を送り、無理矢理追い出させる。ビアンコに近付いたアルジェントだが、嗚咽を漏らしながらもビアンコが語り出したので体に触れずにいた。
「ぼ、僕はっ、ずっとベルティーナと仲良くしたかったんだっ」
「妹と仲良くしたいならクラリッサがいるでしょうに」
「クラリッサは関係ない、僕は、自分の妹と仲良くしたかったんだっ」
ビアンコから歩みよってきた記憶はあったか……? と考えたが一致する記憶は何もない。
「父上や母上が、べルティーナは可愛げがなくてクラリッサはとても可愛い、クラリッサが妹なら良かったのにな、と物心ついた時から言われ続けた……二人の言葉を聞いていたから僕は――」
「アルジェント、追い出して」
有益な話でもしてくれるのかと期待したが思ったよりどうでも良さそうなのでアルジェントに退室させた。外へ追いやる間際、ビアンコの上着のポケットにクッキー缶を入れたと鍵を閉めたアルジェントは振り向いた。
「最後まで聞かなくて良かったの?」
「聞いたって、どうせ二人の言葉を鵜呑みにして私を馬鹿にし続けていただけじゃない。馬鹿らしい」
元凶は両親でもビアンコは元からプラチナブロンドに青の瞳の庇護欲を感じさせるクラリッサに夢中だった。今更何を言おうが言い訳にしか聞こえず、べルティーナ的には重要な話じゃないのなら聞く価値がない。
「お父様が異様にクラリッサを可愛がるのはモルディオ公爵夫人の娘だから?」
「愛する妹の娘。強ち、間違ってはいなさそう」
「ふむ……まず、異様にクラリッサを可愛がる理由を探しましょうか。お父様とモルディオ夫人の関係をより詳しく調べる必要があるようね」
血の繋がった兄妹で仲良くするなとは言えなくても、二人の距離の近さは異常だった。特に夫人はベタベタと父の体に触れていた。
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