不老の大神官イナンナ
大聖堂の前まで近付くと今日も信仰者や観光客で埋め尽くされている。人の整理をしながら信仰者を建物内へ案内する神官に大神官に会いたい旨を伝えた。ベルティーナの名を出すと神官は慣れた様子で関係者用の入り口へ案内し、大神官がいる最奥の間へ連れて行った。
巨大な銀の扉を開けた先には、純白の空間でソファーを一人丸々利用して横になっている女性がいた。
「イナンナ様、アンナローロ公爵令嬢をお連れしました」
「ありがとうお~」
案内してくれた神官にお礼を言い、部屋の真ん中まで来たベルティーナはソファーに寝そべる美女に挨拶をしようと腰を折るが寸前に手で制された。
「いいよいいよ~そういう堅苦しいの苦手なの~」
「は、はあ」
「いらっしゃいベルティーナ~、それと悪魔王子も~」
大聖堂を管理する不老の大神官イナンナ。癖の強い純銀の髪と銀の瞳の絶世の美女と名高い彼女が上体を起こすと豊か過ぎる膨らみが揺れる。イナンナが独自に作った神官服は胸元が大胆に開かれ、太腿を大胆に魅せる。厭らしさがないのはイナンナの美貌がそうさせている。
ベルティーナを隣に座らせると用件を訊ねた。
今日来たのはベルティーナじゃなく、アルジェントが来たいと言ったから。銀色の瞳がアルジェントを見上げた。
「なあに~? ベルティーナは止めてあたしのペットになりたくなった?」
「誰が。大神官に聞きたい事あるんだ」
「なあに~? ベッドの上の相手をしてくれるなら考えるわよ~?」
「お断り。神気に溢れた大神官を抱いたら大火傷するっての」
「じゃあベルティーナを抱かせてくれる~?」
「え!!?」
耳を塞ごうか悩んでいたらイナンナのベッドの相手指名をされ声を大きくしてしまった。
「わ、わわ、私!?」
「大丈夫、あたし女の子も大好きだから」
「私が大丈夫じゃありません!!」
「そう~? 気が向いたら言ってね。いつでも準備をするわ」
「絶対にありませんから!!」
顔を真っ赤にしながらも気を取り直し、アルジェントに用件を話すよう命じた。
「大神殿が政治に口出す時ってどんな時?」
「そうね~、マリアの愛し子が見つかった時くらいじゃないかしら~」
愛の女神マリアは時折愛し子を現世へ落とすと言われており、その者は誰からも愛される魅了の力を持つとされる。貴族、平民問わず、赤子が誕生すると必ず大神殿にて愛し子であるかどうかの検査を受けなければならない。見つかった場合は大神殿で保護をし、魅了の力をコントロールさせる術を叩きこむ。周囲に魅了を撒き散らすと誰も彼もが愛し子に夢中となり、愛し子しか愛さなくなる。
歴代の愛し子は皆大神殿が保護をし、魅了の力を完璧に制御し、時折国の為にその力を使ってきた。完璧な制御を以てしても女神の愛し子というのは狙われやすく、その為結婚するか一生大神殿で過ごすかのどちらかとなる。
無論、相手は大神殿側が詳細に調査した結果問題相手と判断されないと結婚は許されない。
現在、女神の愛し子は生まれておらず、前に愛し子が生まれたのは四十年前くらいだとイナンナは話した。
「王族の婚約についての口出しは?」
「嫌よ面倒くさい~。どうしたの~あの坊や遂にベルティーナちゃんに見捨てられた? 可哀想に~」
見捨てていない。見捨てる見捨てない以前にそんな関係じゃないと反論するとイナンナは大笑いを始めた。笑う要素はどこにもないのにイナンナの笑いは止まらない。
「大神官ならベルティーナと王太子の婚約に何とでも口出し出来るでしょう?」
「婚約破棄でもしたいの~?」
「この間、殿下から婚約破棄をすると告げられました!」
「ええ?」
笑ってばかりのイナンナも婚約破棄が事実と知ると吃驚した。
「あら~……そう……そこまで拗らせていたのあの坊や。公爵が黙っていないわよ~」
「問題ないのでは? 殿下が可愛がるクラリッサを我が家の養女に迎え入れる準備と私を修道院へ追いやる準備をしているみたいですし」
「え~? 修道院に~? 駄目、それならあたしがベルティーナを悪魔王子事貰い受けるわ。三人で毎夜ベッドの上で遊びましょう~」
「遊びません!」
すぐに性的な意味での遊びに誘うイナンナに毎回顔を真っ赤にしては身が持たないとベルティーナも学習はしていても経験ゼロな令嬢には酷な話であった。
ただ、アルジェントが大神官イナンナを訪ねた理由が解った。婚約破棄後ベルティーナを保護してもらうよう頼みたかったのだ。
イナンナもアルジェントの意図を察し、アルジェント付きでベルティーナの保護を承諾した。
「ところで――」とイナンナが口を開き掛けた時、一人の神官がやって来た。王太子がベルティーナに会わせろと大神殿の前で騒いでいると告げられた。素っ頓狂な声を発したベルティーナ。何故リエトは此処にベルティーナがいると知っているのか、と。
顎に人差し指を当てて考える素振りを見せ、此処へ通すようイナンナは神官に指示した。
そしてベルティーナを軽々と脇に抱えてベッドに移動した。寝かしたベルティーナに覆い被さりニッコリと笑った。
「拗らせ坊やにベルティーナの刺激的な姿を見てもらいましょう~」
「は、ちょ、ま、あ……アルジェント助けて!」
目が合うと逸らされてしまった。三時のおやつは抜きだと叫んだベルティーナだが、慣れた手付きでドレスを脱がされて違う悲鳴を上げた。
――大神官の部屋に通されたリエトが目にしたのは、不老の大神官に組み敷かれ胸元を乱され顔を真っ赤にして涙目になっているベルティーナで。此処へ来るまでの苛立ちも怒りも全て吹っ飛び、助けようと足を踏み出したが――見てしまった。ベルティーナのギリギリ全てが露になっていない白く大きな胸を。
首から顔を一気に赤く染めたリエトはその場に倒れてしまった……。
●〇●〇●〇
胸元を戻し、ベッドに寝かされたリエトが鼻血を出していると知り、急ぎ濡らしたタオルで血を拭いて、細く丸めたガーゼを鼻の穴に入れた。倒れた際に鼻を打って婚約破棄した相手に鼻血を出す姿を見られたリエトが若干気の毒になった。依然、首から顔は真っ赤なまま。
「ベルティーナの刺激的な格好を見て興奮したんだ」
「な訳ないでしょう。クラリッサ可愛いこの殿下が私が襲われている所を見ただけで」
「でも、顔真っ赤だったじゃん」
「イナンナ様を見て真っ赤になったんじゃない?」
イナンナが着る神官服はイナンナ用に作られた特注品。極めて魅力的な肉体を惜しみなく披露したいイナンナしか着られない。何度かベルティーナ用にも作ると言われたが断固お断りした。着ただけで恥ずかしい上に、大事な何かを失いそうになる。
リエトの額に冷たい水で濡らしたタオルを置いて目覚めるのを待つ間、態々大神殿へとやって来た理由を予想してみた。
「絶対私に文句を言いに来たのよ。態々、居場所を掴んで乗り込むなんてご苦労な事」
「ベルティーナちゃんに会いに来たのは間違いないだろうけど~本当に婚約破棄したの~? 二人の話を聞いていると坊やの婚約破棄は嘘のように思えるけど~」
「どうかしらね。嘘が嫌いな殿下が、嫌いな婚約者に嘘を吐いてまで婚約破棄するくらいなら、もっと別の手段を用いそうだけど」
婚約破棄をすると言いながらしつこくお茶に誘い、ベルティーナの居場所を探し当てやって来る。婚約者時代の時、一度でもお茶の日を無視してやりたい気持ちは多々あったが、リエトの冷たい態度にもめげず厳しい王妃教育にも耐えるベルティーナに優しくしてくれた王妃が頭に浮かぶとどうしても行かないという選択肢がなかった。
当時、婚約者のいた王太子と真実の愛によって結ばれ、現王妃となってからも過去の過ちを無かった事にせず、真摯に王妃として国の為、王の為に動く王妃殿下を知っている。
「イナンナ様は当時の陛下の婚約者であった公爵令嬢をご存知ですか?」
「知ってるわよ~あの子、周りが言う程今の王妃を恨んでいないわ」
「そうなのですか?」
ベルティーナが知っている限りでは、公爵家の娘である自分がいるのに伯爵家の令嬢に現を抜かす国王にも恋人の座に収まった伯爵令嬢にも非常に腹を立てていたと聞いた。
イナンナによると公爵家側や公爵家と縁のある家が勝手に流した出鱈目だと。
「元々彼女国王になった王太子を愛してもいないし、王妃になるつもりも更々なかったの。ただ、公爵に何を言っても聞き入れてもらえないなら、王妃として生きていくしかないと諦めていただけなの~。現王妃の伯爵令嬢が現れた時は歓喜したって話してくれたわ~」
現在、婚約者だった公爵令嬢は婚約破棄されたという事で王国に居辛くなって他国の貴族に嫁いだ。イナンナは連絡を取り合っているようでとても元気に過ごしていると。
「アンナローロ家も彼女の実家スペード公爵家も権力欲が強いお家だから大変よね~」
「そうだったのですか……」
彼の令嬢と同じ立場にいるベルティーナ。下手にしおらしく対応するからリエトは王太子妃の座に未練があるとベルティーナを勘違いしているのなら、やる事は決まった。
血に濡れたタオルを処分してきたアルジェントが戻ると「決めたわよ! アルジェント!」と立ち上がった。
「何が?」
「殿下が目を覚ましたら、婚約破棄をしてくれてありがとうって言うの!」
「で?」
「それから、クラリッサと末永くお幸せに私はスイーツ王国へ行くと言ってそのまま向かってしまいましょう!」
「え~大神殿で保護してあげるってば。何なら、スイーツ王国には大神殿の支部があるし、悪魔王子に大神殿と支部への道を繋いでもらいましょう~」
「え!? そんな事が出来るのアルジェントは?」
「出来るよ」
人間では決して扱えない魔法を扱えるアルジェント。さすが悪魔の王子様。イナンナも不老ならではの力があるらしいがアルジェントが即止めた。曰く、悪魔の自分には気が悪いからと。
落ち着いて眠るリエトの寝顔を眺めてベルティーナは抱いた。寝ているリエトを見るのは初めてだと。
いつもベルティーナが見ていたのは、隙を見せず、常に気を張って王太子としての姿を見せ続ける第一王子としての姿だけ。
好きになろうと努力しても、好きになってもらおうと努力しても、相手も気持ちを返してくれないと与えるばかりでは何れ思いは底を尽いて消えてしまう。
呼び出しを無視したベルティーナ等放って可愛いクラリッサを呼んでお茶をすればいいものを。
ベルティーナに拘る理由は何か。
「……全然。貴方が分かりませんわ、殿下。分かりたくもありませんが」
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