大っ嫌い



 大袈裟に驚いたリエトに驚くべルティーナ。恐らく、彼の中では公爵に見捨てられまいと必死になるべルティーナの姿が予想されていたのだろう。現実は何時勘当か後妻として何処かの貴族へ嫁げ宣言を待っている。修道院なら道中アルジェントに事故を装ってもらって雲隠れするか、と呑気に考えていたらこれだ。



「驚きます?」

「お、驚くに決まっている! お前は公爵をそんな風に……」

「逆に聞きますけど、殿下は陛下や王妃殿下が自分の目の前で第二王子殿下を可愛がる姿を見続けてもお二人を親として尊敬しますか?」

「……」

「黙るって事は、そういう事です」



 べルティーナの立場を自分に入れ替えると誰も何も言えなくなる。



「……公爵は……公爵だけじゃない、夫人も、ビアンコもお前を愛している」

「私、病気には詳しくないですが王宮に戻ったら即医師から頭の診察を受けてみては」

「っ、お前、私を馬鹿にしているのか」

「馬鹿にしているのは殿下の方では? 今までのあの人達の態度を見て愛されていると思うので?」

「……」



 自分の都合が悪くなると黙るリエト。折角美味しいケーキを頂いているのに上機嫌が不機嫌へと変換される。

 珈琲が届いてもリエトは手を伸ばさない。

 ケーキの美味しさに感動して、もう一つ欲しくなったベルティーナは給仕を呼んで同じケーキを注文し。「アルジェントは?」「俺も食べる」「同じのを二つ」と伝えた。伝票に書き終えた給仕が去ると紅茶を飲んでいく。

 睨みを強くしたリエトにうんざりしながらも負けじと睨み返した。


 ティーカップを持つアルジェントが「殿下」と呼んだ。



「お嬢様を追い掛けて来たなら、もう少し素直になられては? お嬢様はかなり鈍いので黙ったまま、遠回しで言っても何も気づきませんよ」

「黙れ、従者の分際で私に物申すな」

「それはそれは、申し訳ありません」



 怒気が込められた低音で凄まれようがアルジェントは涼しい様子で紅茶を飲み、瞬時に苛立ったべルティーナに微笑を見せた。ベルティーナは相当渋々苛立ちを抑え、けれどリエトへの睨みだけは強くした。

 睨み合う二人。先に折れたのはべルティーナ。近くを通りかかった先程の給仕にケーキは持ち帰りにしてほしいと頼み、伝票を渡した。



「珈琲代は此方で持ちます。なので、どうぞお帰りください殿下」

「ふざけるな、私の話はまだ終わっていない」

「ならクラリッサの所へ行かれては? なんなら、べルティーナが私の言う事を聞かない慰めてくれクラリッサ、と泣き付いては?」

「っ……いい加減に……!」

「……大っ嫌いなんですよ、貴方も公爵家の連中もクラリッサも。馬鹿みたいにクラリッサを可愛い可愛い連呼するなら、早くからクラリッサを養女にして貴方の婚約者にしたらいいものを。

 ――貴方の妃にならずに済むのが私の人生で一番の幸福ですわ」



 苛立ちというものはすぐには消えず、奥底に無理矢理押し込んだところできっかけさえあればすぐに沸点する。ただ、あまりの苛立ちから言葉は乱れ負の感情を剥き出しにしてしまった。

 顔から感情が削げ落ち、呆然とするリエトを見て言い過ぎたとハッとなり、謝りそうになるも今までのリエトからの仕打ちを思えばこれくらい言ったところでどうせ可愛げがないのだからと言い訳をした。

 苦笑しているアルジェントを立たせ、代金をテーブルに置くと呆然としたままのリエトを置いて店を出た。


 もう買い物する気にもなれず、馬車を待たせている場所へ向かい屋敷に戻った。


 屋敷に到着後、運の悪い事にビアンコと遭遇。口を開き掛けたビアンコに自分至上最も強い睨みで「今気が立っているので後にしてもらえますか?」と退かし、早々に部屋に入った。

 後から入って来たアルジェントが睨まれたビアンコが顔を真っ青にして泣いていたと言ってくるもどうでもいい。



「そんな馬鹿でも嘘と見抜ける嘘を言わないでよ」

「あ、ははは!」

「笑うとこ? 怒るわよ!」

「ごめん、ごめん。ねえ、明日大聖堂に行こうよ」

「行こうよって……良いの?」

「良いよ」

「そう……アルジェントが言うなら、行こうかしら」



 でも、とべルティーナは本当に行って大丈夫なのかと再度確認をした。

 大聖堂は王国が崇拝する愛の女神マリアを主とする大陸で最も神聖な場所。べルティーナが拾ったアルジェントは人間ではなく、悪魔が住む世界魔界の王子様。神聖な気が溢れる大聖堂は普通の悪魔なら力が弱まり、体に害しかないものの。悪魔王子なアルジェントは余裕でいられるらしい。

 大聖堂には不老の大神官がいて、その人に用があるとの事。



「悪魔が大神官に用事……なんで?」

「色々」

「私にくらい教えて」

「だーめ。教えたら、ベルティーナ怒るだろう?」

「内容によるわ」

「なら駄目」

「ケチね」

「ケチだよ」

「肯定しないで」



 アルジェントがここまで言うなら言ってくれない。アルジェントを側に寄せ、銀色の頭を撫でた。



「悪魔ってアルジェントみたいに、皆人間に拾われたい願望ってあるの?」

「ないよ。俺だけ」

「アルジェントはどうしてなの?」

「無気力に生活したかった」

「あら、残念だったわね」

「そうでもないかも。ベルティーナとの生活は中々楽しいよ」

「ふふ、ありがとう」



 彼が人間じゃなく、無気力に暮らしたい悪魔王子だと聞かされた時は、お腹を減らし過ぎて頭が狂ったのだと本気で心配した。悪魔の証ということで人間では扱えない魔法を見せられ本当なのだと知った。

『悪魔と知った俺を追い出す?』

『いいえ! ペットとして拾ったのだから、最後まで面倒を見る義務が飼い主の私にはある!』

『じゃあ、ベルティーナが死ぬまで俺をペットでいさせてね』

『もちろんよ』

 こんな会話もした。

 銀色の頭を撫でながら昔を思い出し、頭を抱き締めた。



「ベルティーナ?」

「うん?」

「どうしたの」

「なんでも。こうしていたいの。駄目?」

「駄目じゃないよ」

「ありがとう」



 頭の中身が意味不明なリエトも今日を以て完全にベルティーナを見限るだろう。

 是非、そうであってほしいと願う。


 ――も、翌日。朝食を終え部屋に戻る際に執事から手紙を渡された。



「王宮から速達で届きました」



 嫌な予感がした。

 お礼を言って手紙を受け取り差出人を確認した。案の定、リエトからであった。今すぐに二つに破って更に小さく破って丸めてゴミ箱へ投げ捨て自分のコントロール力を試してみたいものの、此処はまだ食堂。両親や兄の目がある。破ったら大声で批判されるからそのまま持ち帰った。

 アルジェントを連れて部屋に帰り、早速ペーパーナイフで封を切って手紙を読んだ。昨日出来なかったお茶を今日するというもの。絶対にクラリッサは同席させないと書かれている。

 手紙を丸めてゴミ箱へ捨てたベルティーナにアルジェントが手紙の内容を訊ねた。書いていた内容をそのまま話すと大きな溜め息を吐き、苦笑していた。



「ベルティーナの大嫌い発言が余程堪えたのかな」

「どうして私が嫌いと言っただけで殿下が? 寧ろ、私を嫌っているのは殿下の方じゃない」

「そうだね」

「返事を書くから便箋と封筒を持って来て」

「なんて書くの?」

「一人で勝手にお茶でもなんでもすれば? よ」

「はは!」



 クラリッサがいようがいまいがひたすらどうでもいい。

 アルジェントが持って来た便箋に、宣言した通りの内容を書いて封筒に入れた。封蝋を押しアルジェントに速達で王宮に届けるよう命じ、この後大聖堂へ行く為の準備を始めた。


 侍女を呼び、着替えを終え、アルジェントが戻ると早速大聖堂へ向かった。屋敷を出る際にビアンコと遭遇するも今日は何も言わなかった。話し掛けたそうな雰囲気を多分に出していたが何も触れずベルティーナは素通りした。

 アルジェントが一瞥するとビアンコは深く項垂れトボトボと奥へ歩いて行った。

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