ペノトの射す光

 ペノトの裁判の鏃は、勝者に青い光を見せる。そして敗者には赤い光を。

 第三者が勝敗を見極める方法は簡単だ。裁きを受ける者の瞳に映っているペノトの裁判の鏃の光を見ればいい。それは分かりづらいものではなく、はっきりと分かるほどの輝きをそれぞれの瞳に映すという。


 鏃の光が増していく。

 目が眩むほどの輝き。

 たしかにこれほど光っていれば第三者も分かるだろうと、ティファナは納得した。



「さあ、見ろ。ヴィラン」



 ヴィランの腕を掴んでいるアレンが言った。

 アレンの場合、何色に光ってもヴィランを殴り飛ばしてしまいそうだ。それを分かってか、ヴィランがさらに抵抗し、ついにアレンの手から逃れ出た。しかし溢れ出る光に負け、ふらふらと数歩後ずさる。



「……ぐ、く、……バカな」



 ヴィランの声が曇る。

 表情も歪み、まるで息ができないと言わんばかりとなっていた。



「ヴィラン。見ろ。光は何色だ?」


「…………せぇ……」


「はっきり言え」


「……うるせええええ!!!!」



 怒り狂うヴィランの瞳。

 真っ赤に燃えあがっている。

 歪んだ表情もあり、人間の姿をした魔物ではないかと思わせる。



「お前の目は赤いな。ヴィラン。血のようだ」


「……っはー!! そうかよ!? てめえは真っ青だ。ガタガタ震えているように見えるぜ!!」



 そう言って、ヴィランが剣を抜き放った。

 剣身までも真っ赤な光を受けている。アレンが言った通り、瞳も剣も血に濡れているようであった。


 アレンも剣を構える。

 青白い光を受けた剣。握り直して、チリリと金属音がひびく。


 二人の間。光の色以上の緊張がぶつかり合い、渦巻いた。

 どちらからともなく、ふたつの剣が滑り出し、空気を斬り裂きはじめる。


 鋭い金属音。石の壁と床に反響した。

 同時に、青と赤の光が弾け合う。一度だけではなく、幾度も。

 光が弾けるたびに、空気も弾けた。

 ティファナの肌に、一撃一撃の剣圧がひびく。



「アレン!! てめえの噂は聞いているぞ!!」



 剣がぶつかるたびに、ヴィランの顔が大きく歪んだ。

 笑っているのか、怯えているのか。剣を持ったことがないティファナには、ヴィランの感情が読み取れない。



「噂に興味はない」


「はは。そう言うな、水晶のアレン」


「……興味無いと言っただろう」


「てめえのことは調べてある、水晶のアレン! てめえの剣も、剣の師匠もだ!」


「……貴様――」



 再び剣がぶつかる。

 これまでと違い、ヴィランの剣がアレンを押した。アレンの顔に焦りが走る。その表情を見て、ヴィランがにたりと笑った。



「動揺を誘って、卑怯な奴と思ったか?」



 さらに剣を押し、ヴィランがアレンに迫る。

 アレンが咄嗟に剣を払い、ヴィランの側面へ回り込んだ。しかし行動を読んでいたのか、ヴィランが冷静にアレンの次なる攻撃を対処する。鋭い金属音が数度鳴り、空気を戦慄かせた。



「俺はてめえを調べていると言ったろう?」


「だから、なんだ」


「動揺を誘ったところで、俺はてめえに勝てねえ。てめえがどれほどの剣士か、同じ剣士の俺には十分すぎるほど分かる。だがな。俺は今、てめえを追い詰められている。なんでか、わかるか??」


「……魔法か」


「っはー! 正解だあ!」



 ヴィランが楽しそうに笑い、アレンに向かって剣を振り下ろす。

 受け切れないと分かったのか、アレンが後方へ飛びのいた。ヴィランの剣が石の床に叩きつけられる。ばくりと、石の床が大きく裂けた。まるで肉でも斬るかのように。



「クラヴァナの魔法紋が、街全体に展開されている。無論、この日のために、だ」


「俺たちが来ると、分かっていたからか」


「それだけじゃねえ。どんな障害も俺の邪魔にはならねえようにしているのさ。クラヴァナの魔法紋っていうのは、そういうもんだ」



 自信あり気にヴィランが語る。足元を指差し、笑い声もこぼれる。

 街全体に魔法紋を展開するなど、普通ではない。労力もかかるが、金もかかるからだ。そして魔法紋を維持するために多くの魔法使いも必要となる。



「ティファナのために、ここまでするのか」


「わからねえのか。お友達ごっこをしているてめえらには」


「なに?」


「ティファナの魅了は力になる。金にもなる。それだけじゃねえ。国も世界も動かす力があるんだ」


「……そうだろうな」


「じゃあ! なぜ使わない!? そこにいる女は!!! どんなアーティファクトも叶わないほどの価値があるんだ!!!!」



 ヴィランの赤い目が、ティファナへ向いた。

 欲望に汚染された色。こころなしか、先ほどより全身に受けている赤い光が増している。


 対峙するアレンもまた、目と、剣と、身体に、さらに強い青色の光を受けていた。



「ティファナはモノじゃない」


「っは! モノさ! ついでに極上の女になった! 俺と、俺の仲間たちで十二分に使いまわしてやる!!」


「……下衆が」


「その下衆に、てめえは負ける! ティファナの目の前でなあ! そうすることでも、ティファナは完成する……! 結局てめえは、俺の手のひらの上で転がっただけだあ!!」



 ヴィランの持つ赤い剣。鋭く薙ぐ。

 アレンが後方へ跳ね飛び、避けた。すぐさま切り返し、ヴィランへ青い剣を繰り出す。


 クラヴァナの魔法紋の影響を受けていても、アレンはなんとかヴィランと互角に渡り合えていた。

 しかし、なんとかであることに変わりはない。徐々に劣勢となっているのはティファナの目から見ても明らかであった。


 テイザットが力を貸せばなんとかなると思ったが、そう都合よくはなかった。

 ようやく駆けつけてきた館内の冒険者たちが、後方から殺到してきたからである。テイザットが熊猫の姿となって応戦しても、館の冒険者たちはひるまなかった。冒険者が冒険者を殺すのは禁止されていると分かっているからである。テイザットが必死になって一人ずつ気を失わせていくうちに、数で押され、劣勢になりつつあった。



――どうしたら……!



 ティファナはアレンとテイザットを交互に見る。

 ここでヴィランの仲間になると宣言すれば、アレンとテイザットを救えるだろうか。そう考えもしたが、言葉にできなかった。ここまでして助けに来てくれた二人の意思を踏みにじることになると分かっているからだ。


 とはいえ、絶望的。

 このままではアレンもテイザットも、敗北に迫られるのみ。

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