クラヴァナの魔法紋
真っ白になり、なにも見えなくなる。
「アレン!!」
シルフィは怖くなり、声をあげた。
直後、しまったと後悔する。周囲を真っ白に染めあげたのは、迫ってきていた多くの気配が為したことに違いないからだ。とすれば、今声をあげれば、声をあげた者がどこにいるかを教えることになる。
そしてやはり。その予感は的中した。
声をあげて数秒もしないうちに、シルフィの身体を数人の手が掴む。光の中でなにも見えないというのに、あっという間に自身の身体が拘束されていく。
「や、やめ……! ――っ!!」
ついには口も塞がれ、シルフィはなにもできなくなった。
それを見計らったように、周囲を染めあげていた真っ白の光が収まっていく。
十数人の襲撃者が、徐々に姿を現した。
皆顔を隠していて、誰なのかは全く分からない。
襲撃者の向こうに、アレンとテイザットの姿も見えた。
魔法陣の中でうずくまっている。どうやらシルフィ同様に拘束されたらしい。違いがあるとすれば人間の手で押さえられていないということか。魔法の力で一気に、強力に抑え込まれてしまっていた。
「……シ……ル……ィ……」
アレンの声が潰れる。しゃべることすらできないほど、抑え込まれているのだ。人間に使うのは危険な、魔物用の拘束魔法を使っているに違いない。
テイザットも熊猫の姿になって暴れようと藻掻いていた。しかし変身の途中で抑え込まれたようで、中途半端に身体が膨らんでいた。
「ティファナ」
シルフィの耳の傍で、誰かが言った。
聞き覚えのある声だと、シルフィは思った。だが顔を隠しているので、誰なのかはやはり分からない。分かったところで、どうしようもないのだが。
「怪我をしたくなければ、大人しく。頷くか、首を横に振るか。どちらかで答えたまえ」
聞き覚えのある声がつづく。
口を塞がれたままのシルフィは顔をしかめ、頷いた。
「よろしい、ティファナ」
「……っ」
「手短に言おう。ティファナ、我々のところへ戻ってきたまえ」
「――っ!」
「ああ、当然だが、抵抗すればそこにいる男を一人ずつ殺す」
「っ!?」
「理解したなら、答えたまえ。ティファナ」
声が、シルフィの頭を力強く押さえつけた。
足の力が抜け、声のままにシルフィの膝が床につく。まるで全身を使って頷いているようだと、シルフィは心の内で自嘲した。その想いに気付いたように、襲撃者の一人が小さな声で嘲笑った。
「こういうわけだ。熊猫団の諸君」
シルフィの傍にいた襲撃者のリーダーらしき男が、アレンとテイザットを見下ろした。
必死の抵抗をつづける二人が、鋭い目で男を睨みつけている。アレンはともかく、テイザットもこれほど激しく感情を表すのかと、シルフィは意外に思った。
「声ひとつ出せないだろうが、しばらくそのままでいてくれたまえよ」
「……フ……ィ……」
「はは。すごいな、まだかすかに発音できるようだね」
リーダーらしき男が笑う。
笑いながらアレンに近付き、アレンの頭部を踏みつけた。それを見たシルフィは全身に力を込める。しかし拘束から逃れることはできなかった。踏みつけられるアレンの姿を、ただ見ることしかできない。
「ティファナは我々と行く。理由を説明する必要はないね?」
「……ぐ……ぐく……」
「……藻掻くだけ損だと思わないのかね。ティファナは自らの意思で頷いた。我々と行くと」
「……は……ば……な……っ!」
「そうだろう? ティファナ。苦しんでいるお友達のために、答えてあげたまえ」
リーダーらしき男が、シルフィのほうへ向いた。
同時に、シルフィの口を塞いでいる男に合図を送る。するとシルフィの口を強く塞いでいた手が、ゆっくりと離れた。
自由になった口。
硬くなっていく。
どう言うべきか。それを悩む権限などシルフィにはない。
口から発すべき言葉を想うと、口がさらに重くなる。
「さあ、ティファナ」
リーダーらしき男の声。
シルフィの口をさらに重くさせた。
口だけではない。
なにを想うべきなのかまで、決められていっている気がする。
無理やりに染め上げられ、シルフィという存在が消えていくのを感じる。
――アレン……テイザットさん……
魔法陣の中で苦しむ二人を見て、シルフィの想いはさらに硬くなった。
もはや是非もない。
「……付いていきます。だから……二人にはなにもしないで」
「よろしい」
「……シ……フィ……!」
「アレン……もう、いいの」
シルフィは無理やり笑顔を作る。それを見たアレンの顔がひどく歪んだ。
アレンの隣で藻掻いているテイザットも、シルフィを覗いている。本当にそれでいいのかと、確認するような目で。その視線から逃れるようにして、シルフィは俯いた。
「別れの挨拶はしなくていいかね?」
「……いりません」
リーダーらしき男に、シルフィは首を振ってみせる。
良かれと思ってアレンたちに近寄れば、余計な疑いを抱かせるかもしれない。そうなれば熊猫団の未来に危険を植え付けることになるだろう。
シルフィは翻る。
背中のほうに、アレンのうめき声が届いてきていた。
言葉としてわからなくても、なにを言いたいのかは分かる。
――さようなら、アレン。
心の内で、別れを告げた。
それが伝わっていないと分かっていても、背中に届くアレンの声が、返事をしているように聞こえた。
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