愛の巨人
アンドラズスは、今はいない巨人族の最後の一人であった。
アンドラズスの足の森は、その巨人が死んだ場所だと言われている。
アンドラズスは、英雄であった。
英雄となれたのは、アンドラズスが優れていたからではない。アンドラズスは元々小人族であり、弱き者であったからだ。
「知ってるか? シルフィ。アンドラズスがなぜ大きくなれたのかを」
街へ戻る最中、御者台のガビンが言った。
テイザットとレンカは疲れて眠っている。アレンは起きていたが、黙々と武器の手入れをしていた。
シルフィはなんとなく御者台に乗ってみたくて、ガビンの隣に座っていた。
もちろん、顔には布をかぶせている。
「アンドラズスに巨人の血が、流れていたとか……ですか?」
「いいや、そうじゃない。最近解明されたことだが、アンドラズスの巨人化は魔石の力によるものらしい」
「魔石の?? 腕輪を通して魔力を得たのですか??」
「その時代には腕輪なんてないさ。なにかの偶然を重ねて、魔力を得たのかもしれないな」
そう言ったガビンの表情は、どこか憂いを帯びているように見えた。
憂いの意味は、シルフィにも多少分かる。いや、冒険者なら皆分かることかもしれない。
腕輪の力なしに魔石から魔力を得ることがどれほど危険であるかを、冒険者は知っている。
腕輪があってもシルフィの時のように暴走することがあるのだから。
アンドラズスはきっと、原始的で不確実な方法を使い、魔力を得た。
結果的に巨人化は成功したが、失敗も多く、副作用もあっただろう。もしかすると死の瞬間まで暴走した魔力が心身を痛めつけていたかもしれない。しかも伝説だとアンドラズスは徐々に巨人化したという。どれほどの苦しみをどれほど長く伴ったか、想像しただけでも恐ろしい。
「アンドラズスは……恋人が眠る墓を守るために、巨人になったのですよね」
「そうらしいな。小人族が“灰の竜”に立ち向かおうとするなんて、想像するだけでぞっとするよ」
「紳士なガビンさんでも?」
「桁が違い過ぎるよ。……まあ、そうありたいとは思うけどね。今は修行中ってとこさ」
「ガビンさんなら、そうなれますよ」
「そうかい? そいつは嬉しいね」
ガビンが笑う。背負っている大盾もカタカタと鳴った。
明け方。森。
地表へ顔を上げた陽が、枝葉の隙間に光を差し込んでくる。
街まではまだ遠い。ガビンが「少し寝たほうがいい」と言ってくれたが、シルフィは断った。もうしばらくだけ、朝陽が差し込む森を感じていたかった。顔を上げると、ふわりと森の香りが鼻をかすめる。
「アンドラズスが昼寝をしているな」
ふとアレンの声が傍で揺れた。
いつの間にかシルフィのすぐ後ろに寄って来ていて、馬車の進む先を見ている。
「アンドラズスの昼寝?」
「知らないのか。この森では風が右へ流れた後、すぐに左へ流れたりするだろう」
「……寝息ってこと?」
「ああ。この森のどこかで、恋人と一緒に昼寝をしてるらしい」
アレンが風の流れる先へ目を向ける。
右へ。そして左へ。
最後にシルフィと目が合った。
布を被っているからシルフィの顔は見えないはずであるが、アレンの目がシルフィの目をはっきりと捉えている。間を置いて、アレンの瞳の光がほんの少し緩んだ。
「……素敵な話ね」
「そうだな」
被っている布の下。シルフィの瞳の光も、かすかに緩む。
アンドラズスの足の森に、馬車の音が軽やかにひびいていった。
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