ちゃんと聞いているよ


「街に戻ったら……もっとしっかりした仮面を……着けますから……」


「ええ?? それって鉄仮面てこと??」


「……それくらいのものを」


「鍛わりすぎて、首太くなっちゃうよ??」


「じょ、冗談を言ってるわけじゃ……!」



 ふざけるテイザットに、シルフィは思わず怒鳴る。しかしすぐにはっとして、またうなだれた。

 なにを声高に叫んでいるのかと。そんな資格はどこにもないというのに。


 シルフィの声が、洞窟の奥へ吞まれていく。

 やがて消え、何事もなかったように四人の足音が岩を鳴らした。



「冗談じゃあ、ないよ。シルフィちゃん」



 テイザットが小さく笑った。

 熊猫の姿のために、笑うと黒と白の毛がこまかく揺れる。



「ボクらは冒険者だ。この世界に入って五年も生きてるやつはみんな、髪の毛の先から足のつま先まで冒険者さ。そしてそれは、これからもずっとだ」


「だからって……」


「いいかい? シルフィちゃん。危険はどこにでもある。それは毒みたいなもんで、即効性の毒から、遅効性の毒まであるんだ。生きる場所が違えば、毒の種類も変わる。今まで安全だった食べ物が、突然猛毒になったりもする。そんなもんでしょ?」


「私は……もう……」


「んー? もう、猛毒だって?」


「……そう、です」


「仮面着けておけば安全になるなんて、『お取り扱いに注意』って書いてある薬品みたいなもんさあ! さっきガビンにたらふくご馳走した解毒薬だって、麻痺毒を取り除けば平気だったでしょ? 似たようなもんだよねえ、ガビンくん?」


「おおっと、俺に振ってきたかあ?」



 テイザットに無理やり振られたガビンが片眉を上げる。

 困った表情を見せるかと思いきや、ガビンの顔はずいぶんと明るかった。



「俺としては、天女のように美人なシルフィの顔を一瞬でも見れるなら、喜んでまた十二本の魅了用解毒薬を飲み干すところさ」



 ガビンが淀みなく言い切る。

 まだ魅了の効果が残っているのだろうか? 疑ったが、違うようであった。「いつもどおりの紳士だねえ!」と、テイザットが囃している。レンカもまた、格好を付けているらしいガビンの背を叩いていた。



――本当にそれでいいの?



 シルフィはまだ、息苦しかった。

 気にするなと言われるほどに、気にしろと指差されている気分になる。


 突き立ててくる指は、一本や二本ではない。

 百も二百もある指が、シルフィを責め立ててくる。



――本当にそれでいいの?



 再び自問した瞬間。

 シルフィを抱えてくれているアレンの腕に、また少し力が加わった。



「それでいいんだ。シルフィ」



 抱きかかえてくれていたアレンが、囁くように言った。

 シルフィは顔をしかめ、布の内側で首を傾げる。



「他人の一言や二言で、納得しなくていい」


「……じゃあ、どうすればいいの」


「納得するまで、伝え合うんだ。一日、二日じゃない。一年、二年とな」


「……それでダメだったら?」


「そのときはまた、そのとき話し合おう」



 真面目な顔でアレンが言う。

 冗談を挟んだ様子はない。本気で、そうすればいいと思っているのだ。


 あまりに単純な答えを聞き、シルフィは一瞬苛立った。

 そんなに簡単なことではないと、再び怒鳴りたくなった。

 同時に、虚しさも覚える。

 そんな簡単なことも出来る気がしないと、消沈する。


 苛立ったのは、きっとアレンに対してではない。

 伝えたいことを伝えられない自分自身に苛立っているのだと、シルフィは痛感した。


 そこへ、真面目な顔をしたアレンがシルフィを覗き込んでくる。

 シルフィの心の内を宥めるように。



「……私、本当に、辛いし、……悩んでいるのよ」



 覗き込んでくるアレンを見て、シルフィは声をこぼした。

 「そうか」と、アレンが小さく頷く。



「……迷惑かけたくないし」


「かけてない」


「……失望……されたくないの……」


「してない」


「……ちゃんと……聞いてよ……」


「聞いてるよ」


「ボクらも聞いてるよ、シルフィちゃん」


「その後は俺たちの話も聞いてくれよ、麻痺がちゃんと治ったらな」


「…………ガビンは……一番最後でいい……。まずは……私から……」


「お前からかよ」



 ガビンの呆れた目が、レンカに向く。

 レンカがふふんと鼻息を鳴らし、動けないガビンを叩いた。



「……そういうことらしい。シルフィ」



 アレンの口の端が上がる。

 その瞳に、小さな光が映った。

 洞窟の入り口が見えたのだと、アレンの瞳が囁いている。シルフィは被っていた布で目元を押さえると、小さく頷くのだった。

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