懺悔の時間だ


〈■▲▲!! ■▲▲■!!〉



 ゴブリンたちが喚いている。立ち塞がるシルフィを見て、苛立っている。

 丸腰で立っているのだから、何か策があるのかと思ったのかもしれない。それなら都合が良いと、シルフィはさらに強くゴブリンを睨みつけた。



〈■▲■▲!! ■▲▲■▲!?〉


〈■■■▲▲!? ▲▲■▲▲▲■!??〉 


 

 徐々に、ゴブリンたちの喚き声が大きくなる。


 おかしいなと、シルフィは思った。

 先ほどまでは今すぐ襲いかかろうとしていたのに、今は違う。どちらかというと内輪揉めを始めたように見えた。大きなゴブリンの後ろに控えている一匹が、隣のゴブリンを殴りつけている。その隣では言い争いを始めている。それを見た大きなゴブリンが、喚く仲間たちを制止しようとしていた。しかしいずれのゴブリンも、大きなゴブリンの言葉に耳を貸そうとしない。



――これって……



 見たことがある光景だと、シルフィは気付いた。

 間違いなく、あの日の酒場の光景だ。美女になったシルフィを取り合い、争う、異様な雰囲気がここに再現されている。


 つまり、魅了がゴブリンにも効いたのだ。

 今はきっと、誰が最初にシルフィを手籠めにするか争っているといったところだろう。飛び交う言葉の内容を想像すると、悍ましい。しかし千載一遇の機会だと、シルフィは思った。ぱっと振り返り、レンカの手を掴む。



「今のうちに逃げよう!」



 火トカゲに火を大きくしてもらう魔法を唱えていたレンカ。顔を上げ、すぐに状況を察する。


 二人はすぐさま左側にある出入り口へ駆けた。途中、燃えている木片を拾う。

 気付いた一匹のゴブリンが追いかけてきた。しかし別のゴブリンが押さえつけ、そのゴブリンをさらに大きなゴブリンが押さえつけた。結局シルフィたちが岩の部屋を出るまで、ゴブリンたちがまともに追いかけてくることはなかった。



「…………いったい……なにが……?」



 レンカが首を傾げながら駆ける。

 シルフィの魅了については話していなかったので、ゴブリンの混乱っぷりが理解できないらしい。



「と、とにかく、このままアレンたちと合流できれば……!」


「…………そうも、いかなそう……」


「え??」



 レンカの言葉に、シルフィは後ろを向く。

 すぐ後ろに大きなゴブリンが迫ってきていた。シルフィは慌てて、拾ってきた燃える木片を投げつける。しかしいとも容易く跳ねのけられた。



「……そんな……もう……」



 もうダメ、という言葉を吐きそうになって、なんとか飲み込む。

 ゴブリンの息遣いが荒い。興奮状態だと、明かりがなくともよく分かる。どういう意味の興奮かは、知りたくもないが。



「……レンカは、先に逃げて」


「…………そんなことしない……」


「私は大丈夫。きっと、すぐに殺されたりしないから」


「…………ううん、シルフィ。……そんなこと、気にしなくていい……私たちは、もう大丈夫……」


「……え? それって……どういう……」



 妙に落ち着いているレンカに振り返る。

 直後、二人の頭上に強い気配を感じた。シルフィは驚き、顔を上げる。


 岩の天井に、大穴が開いていた。

 強い気配は、その穴のはるか上より迫ってきていた。

 少なくともゴブリンではない。敵意も感じない。とすれば――



「お二人さーん! そこでなにしてるの!? 先に突っ走りすぎだよ!?」



 頭上から迫ってくる気配が声をあげた。

 異様に陽気な声。聞き間違えようがない。テイザットの声であった。

 テイザットの傍には、さらに二つの影があった。

 ガビン、そして、アレンだ。


 シルフィはアレンの顔を見た瞬間、全身の力が抜けていくのを感じた。

 それを見たアレンが、飛び降りてきた直後、よろめくシルフィを抱きしめる。



「遅くなった」


「……ううん。ちゃんと、間に合ったよ」


「そうか」


「そう」



 アレンの腕の中で頷く。

 間を置いて、ガビンが咳払いした。



「……あー。そういうのは、後で頼むよ」


「あ……、あ、は、はい!!」


「そういうのとは?」


「ア、アレン、とにかく今はゴブリンを!」


「それは大丈夫だ」



 シルフィを抱きかかえるアレンが、目前まで迫っていたゴブリンの群れへ向く。


 ゴブリンの群れと、大きなゴブリンの前。

 小さな身体のテイザットが立ちふさがっていた。

 どこをどう見ても、大丈夫だと言える状況ではない。


 シルフィは肩をすくませ、絞るような声をあげた。

 早く手を貸さなければ! テイザットがゴブリンに殺されてしまう!

 そう訴えようとした瞬間、ゴブリンの前に立つテイザットが小さく笑った。


 振り返ることなく片手を上げ、シルフィを宥める。



「ここは広いから大丈夫さあ! ガビン、アレン、お嬢さんたちをよろしくう!」


「ほどほどにしろよ」


「あっははー! ……ほどほどって?」



 テイザットが腰に下げているナックルダスターを手に取った。

 明らかに拳の大きさに合わない、巨大なナックルダスター。がちゃりと重い金属音が鳴り、洞窟にひびいた。



「……ほどほどは、無理さあ。……うちのお嬢さんたちを、恐い目にあわせたんだからねえ!!」



 テイザットが叫ぶ。

 直後。小さなテイザットの身体が盛り上がった。腕や足の筋肉が、という次元ではない。全身がパンのように膨れ上がり、巨大化していった。同時に全身から生えでる、白と黒の体毛。人間の毛とは明らかに違う、獣のそれ。


 テイザットの身体は、みるみるうちに巨大な熊猫の姿へと変わった。

 先ほどまで持っていた巨大なナックルダスターが、ちょうどいいサイズになっている。



「テ……イザット、さん?」



 シルフィは驚いて、声をこぼした。

 その声に、巨大な熊猫と化したテイザットが笑う。



「あっははー!! さあ!! 熊猫団への懺悔の時間だあ!!」



 熊猫が振り上げた拳。ナックルダスターが鈍く輝く。

 騒ぎを聞きつけてさらに集まってきたゴブリンたちは、荒れ狂う熊猫の手にかかり、次々に打ち倒されていくのだった。

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