少女たちの戦い


〈 ■■■▲▲▲▲■、■▲▲■、■■▲■■■ 〉



 前方の出入口に、最初に手をかけたゴブリンがなにかを言った。

 言葉は分からない。しかし明らかに、シルフィたちを見たうえで声を発していた。



――アレン……!



 いつも大事な時に駆けつけてくれた、アレン。

 今回ばかりは、きっと来ないだろう。


 そうと分かっていても、シルフィは願わずにいれなかった。

 どうしたって、魔法使いと治癒術士の二人だけで、数十匹のゴブリンを追い払えるはずがない。



「…………シルフィ、……いくよ……」



 レンカの声。かすかに震えている。

 当然だ。魔法使いは基本的に剣士の後ろで戦う。真っ向勝負などあり得ない。



「私も、が、がんばる」



 岩の部屋に入ってくるゴブリンを見据え、シルフィは頷く。

 治癒術士に出来ることは少ない。治癒以外に役立つことがあるとすれば、防御魔法だけだ。といってもそれは治癒の応用であった。術をかける対象が怪我をしたら、即座に治癒して痛みを軽減するだけのものである。四肢を断ち切られたらどうにもならない。


 シルフィが、息を飲む。

 直後にレンカが息を吸い、金属の杖をかかげた。



≪ 歩いて 踊れ 火竜の末裔 暗穴五 玉の卵を奉げよう ≫



 唱えた直後、火トカゲが現れて駆ける。前方の出入口。入ってきた数匹のゴブリンの前まで行き、ぐるぐると歩いて回る。すると入り口付近に積んでおいた木片に火が付いた。燃え広がり、出入口を火で閉ざす。



「やった!」



 真っ赤に燃える火の壁を見て、シルフィとレンカは喜びあまって手を繋ぐ。

 入ってきていた数匹が火に焼かれてすぐに焦げ、倒れた。それは悲惨に見えたが、シルフィは気に留めないようにした。倒さなければ、次は自分が死ぬのだ。いや、それだけでは済まない。シルフィとレンカは女だ。ゴブリンは人間の女を捕らえて犯し、子を産ませる習性がある。


 死よりも恐ろしい地獄。

 受け入れられる者など、どこにいるだろうか。



「…………でも、長くは……もたない……」


「……だよね」


「…………火を飛び越えてきたら……終わり……」



 燃えあがる火を前に、レンカの顔が引き攣る。

 魔法は同時に複数使えない。もしゴブリンが火の壁を乗り越えてきたら、迎撃するための魔法を使えないのだ。無理やり使った瞬間、火の壁を作っている火トカゲが消え、数十匹のゴブリンが殺到してくることとなる。



〈■▲▲■!! ■▲▲■、▲■!!〉


〈▲▲■■▲■■■!! ■▲■▲■▲! ■▲▲■■▲▲!!〉



 火の壁の向こうで、ゴブリンの喚き声が聞こえた。

 混乱し、逃げ惑っているようではない。どうにかして乗り越えようと相談している。



――もう少し、怖気付いていて!



 そう願うも虚しく、火の壁が大きく揺れた。

 身体の大きなゴブリンが一匹、火の壁を突き破ってくる。それに釣られ、さらに数匹。



〈■▲▲■■■!! ■▲▲▲!!〉



 身体の大きなゴブリンが叫んだ。

 すると火の壁の向こうから、さらに数匹飛び込んでくる。幾匹かは、火に焼かれて倒れた。しかし八匹のゴブリンが火の壁を突破し、シルフィたちの前へ現れた。



「…………どうする……?」


「火トカゲに、火を大きくしてもらうしか……」


「…………やってみる……」


「……お願い!」



 言って、シルフィはレンカの前に立った。

 とはいえ、対抗する手段があるわけではない。本当に、ただの肉壁だ。数秒も耐えられないだろう。



――それでも!



 シルフィは両手を横に広げた。

 同時に、防御魔法を自身にかける。緑色の光が全身を包んだ。気休めのおまじないと分かっていても、ほんの少し気持ちが楽になる。いや、現実から逃避できるというべきか。



――アレン、レンカだけでも助けて……



 目の前にいるゴブリンを睨む。

 出来るだけ、力強く。

 これまでの人生で、これほど激しく何かを睨んだことがあっただろうか。そんなことがかすかに脳裏をよぎった。

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