潜むもの
耐えがたい罪悪感から、シルフィはついに心の内をレンカへこぼした。
もちろんすべては話せない。ティファナという名も、明かすことはしなかった。
「…………つまり、魔石の力で……美人になった、の……?」
レンカが不思議そうにしてシルフィの顔を覗く。
しかし受け入れがたいといった表情ではなかった。
「…………筋力増量……みたいな、もの……?」
「え、う、うん、そう、かも……?」
言われてみれば似ているかもしれないと、シルフィは思った。
魔石の力で直接筋肉量を増やす冒険者は多い。とはいえ想像したような筋肉が付きにくいらしく、徐々に加えていくのが一般的であった。副作用として定期的な痛みがあるとも聞く。少なくともシルフィのように、一度に全身を造り替えた冒険者の話は聞いたことはない。あくまで、似たケースというだけだ。
「…………全身一気にいくなんて……すごい、度胸……」
「……いこうとしたわけじゃなくて、暴走したんだけど」
「…………運もいい」
「た、たしかに、そうだよね」
魔石による強化で死ぬ者もいる。注入する魔力が多いほど、事故率が高い。十年分一気に注ぎ込むなど、自殺行為に等しいと言えるだろう。
その危険を冒して得た結果なら、偽物じゃない。
レンカはそう言ってくれた。
「…………身体が違っても、……シルフィは、シルフィ……」
「そう、かな」
「…………そう……」
レンカが頷く。
そう言ってもらえても、詭弁だとシルフィは思ってしまった。
ティファナはティファナのまま。
そう思われていたら、酒場で大騒ぎになることなどなかっただろう。
ティファナを蔑んでいたヴィランとトラグルックも、美人になったティファナを手に入れようとしなかっただろう。
結局は、外見にも魂が宿っているのだ。
内面の魂だけを見てくれる者など、きっといない。
「…………ところで、シルフィ……二十二歳って……本当……?」
「え? あ……うん」
「…………じゃあ、姉様……だ……」
「え、……え??」
「…………シルフィ姉様……」
レンカの目の色が変わっていく。冗談で言っているわけではないようだ。ぐいぐいと身体を近付けてくる。シルフィは驚いて少し身体を退けたが、退いた分レンカが擦り寄り、ついには身体を密着させた。
「…………しかも、良い匂い……」
「え、う、う、うそ? 臭う??」
「…………落ち着く……こんな、場所なのに……」
「そ、そういえば、そうだよね。……これから、どうしよう」
「…………テイザットたち、そのうちに……来る。……たぶん……」
「……たぶん、かぁ」
シルフィは真っ暗な洞窟を見て、ふうと息を落とす。
自分のことばかり悩んでいる場合ではないと、気持ちを切り替える。
そうした瞬間。遠くのほうでなにかの気配を感じた。
数十の、生き物の気配。
シルフィは息を飲み、レンカを見た。
レンカが首を傾げる。突然どうしたのと言わんばかり。シルフィが感じた気配に、レンカは気付いていないようであった。
「……レンカ、火を消そう」
「…………どうして……? …………もしかして、ゴブリン……?」
「分からない。でも、テイザットたちじゃないと思う」
「…………わかった……」
ちろちろと燃えている木片を、レンカが踏みつぶす。
周囲が一瞬で暗くなった。
二人の息が、暗闇に溶けていく。
かろうじて見えているシルフィは、見えていないレンカの分も警戒を強めた。そうするほどに、気配を強く感じるようになっていく。
足音。
息遣い。
感情の揺れ。
間違いない。じわりじわりと、ゴブリンたちが近付いてきている。
「レンカ……魔法、まだ使える?」
「…………余裕……」
応えたレンカが、自らの懐に手を入れる。
かちゃかちゃと音が鳴った。魔法使いが持っている、奉げ物用の道具の音だ。魔法は奉げ物がなければ発動しない。そして奉げ物の価値によって威力が変わる。レンカが懐から取り出したものは、小さな宝石の原石と、磨かれた鷹の爪であった。
「そんな良いもの使うの?」
「…………緊急事態……」
「……だよね」
シルフィは頷き、近付いてくる気配に意識を集中させる。
シルフィたちがいる岩の部屋は、前方にひとつ、左側にひとつ、出入口があった。
ゴブリンたちの気配は、前方の出入口からだ。
背中に、冷たい汗。
シルフィは唾を飲み込もうとして、口の中がからからに乾いていることに気付いた。
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