私は……

 馬の嘶き。

 馬車が止まり、眠っていたテイザットのいびきも止まる。



「ふぇ、ふぁああ? ……なに、もう、着いたあ?」



 テイザッドが欠伸をしながら辺りを見回す。

 森の奥底。陽の光などほとんど残っていない。じきに真っ暗となるだろう。



「そろそろゴブリンどもが巣穴から出る時間だ」


「ううーん! そうみたいだねえ!」


「見張りのゴブリンはレンカがやる。俺たちはいつも通り。いいな?」


「よしきたあ!」



 ガビンの提案にテイザットが即答する。眠気はどこかへ消えたらしい。

 レンカとアレンも同意して、それぞれ武具を構えた。


 シルフィは熊猫団の戦い方が分からず、半歩退く。どうすればいいのか、なにができるのか。聞いてもいいのかすら分からない。もじもじとしていると、レンカが気付いてくれて、シルフィの手を握った。



「…………シルフィは……私と一緒……」


「い、いいの?」


「…………いい。……こっちに来て……」



 手招くレンカ。

 シルフィは少し迷い、アレンに視線を向けた。するとアレンが小さく頷いた。レンカと共に行くよう促してくる。シルフィは意を決し、レンカの後ろに付いていった。


 レンカの動きには、迷いがなかった。

 どこに行き、なにをするべきかはっきりと分かっているように見える。アレンたちとどんどん離れていっているのに、わずかにも足の速度を落とすことがない。その背を見て、シルフィは羨ましさを感じた。自分より年下なのに、冒険者として圧倒的な差を感じた。



「…………シルフィ。……ここから、はじめる……」



 突然立ち止まったレンカが、前方を指差した。

 先ほどまでいたところよりずいぶんと高い場所へ移動したらしい。シルフィとレンカがいる地点からは、アレンたちとその周囲の状況がはっきりと見えた。



「…………あそこで、テイザットが……騒ぐ……」


「そ、そしたらゴブリンに見つかっちゃうんじゃ……!?」


「…………それが、狙い……。……動きだしたゴブリンを……私が先に仕留める……」



 金属の杖を取りだすレンカ。すうっと息を潜める。

 なるほどと、シルフィも息を潜めた。囮になるらしいテイザットが騒ぎだすのを、じっと待つ。するとしばらくして、金属を打ち鳴らす音がひびきわたった。テイザットが腰に下げていたナックルダスターを振り回し、鳴らし、叫んでいる。アレンとガビンの姿は見えなかった。シルフィは気になってアレンを捜そうとしたが、すぐにそれどころではないと気付く。



「……ゴブリン!」



 どこから湧いたのか。そう思うほどのゴブリンの群れが姿を現しはじめた。いずれも騒いでいるテイザットに意識が向いている。


 それを見て、レンカが金属の杖を振った。



≪ 奔れ 奔れ 火竜の末裔 天領三十 点溢五 燭七 小鬼の飾りを奉げよう ≫



 いつもあまり喋らないレンカが、一息で詠唱する。

 直後、レンカの周囲に夥しい数の火トカゲが現れた。指定した方角へ火トカゲと、火トカゲが発する火炎が駆けはじめる。迫りくる火炎に気付いたゴブリンたち。逃げる間もなく火に呑まれていった。



「…………残りを……アレンが始末する……」



 レンカが言った通り、木陰からアレンが飛びだしてきた。

 火に逃げ惑うゴブリンを次々に仕留めていく。


 ガビンは囮となっていたテイザットを守る形で奮戦していた。多勢に無勢ではあるが、虚を突かれたゴブリンに大した戦意はない。危なげなく、目に見える範囲のゴブリンを撃っていった。


 シルフィはその様子を、ただ見ていた。

 逃げ惑うゴブリンが、少しだけ可哀そうに思える。


 しかしゴブリンも魔物なのだ。魔物は必ず人を襲う。

 過去には、赤ん坊の魔物を育てて人を襲わないように教え込んだ者もいた。しかし無駄に終わった。愛情をこめて育てた人間を、魔物は本能のまま襲い、殺したという。


 人間と魔物は、共存できない。

 どれほど足掻いても。



――なら、私は……?



 シルフィは自らの手に視線を移した。

 暗闇の中でぼんやりと見える、色白で、なめらかな手。

 魔物のように、魅了の魔法を放ちつづける身体。


 仮面の下にいる自分は、逃げ惑うゴブリンと同じではないのか。

 そう思って視線を向けた先の、一匹のゴブリン。

 アレンが繰りだした一撃によって、絶命した。


 シルフィは息苦しくなり、それ以上アレンたちの戦いを見ることができなくなった。

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