アンドラズスの足の底
夕闇の森で
夕刻。森。
傾いた陽の光が、枝葉を赤く染めている。
アンドラズスの足の森に、馬車の音がいびつにひびいていた。
馬車の御者席に座っているのは、レンカとガビン。
レンカが地図を見て、御者代わりをしているガビンに方向を伝えている。
時折、馬車が大きく揺れた。ガビンが悪いわけではなく、森に深く入ったためである。揺れるたびに、シルフィは馬車の中でごろりと転げた。
「もうすぐ目的地だ。道は悪いが我慢してくれよ」
御者席からガビンが謝ってくる。特に、ごろごろと転げてしまうシルフィに対して。
シルフィは慌てて謝り返し、「気にしないでください」と言い加えた。
アンドラズスの森へ来たのは、冒険者ギルドの依頼をこなすためであった。
この森には昔から定期的にゴブリンが巣穴を作る。そのたびに冒険者が壊して回っていた。いたちごっこではあるが誰かがやらなければならない。
「放置していると、もっと悪さをするからねえ!」
テイザットが街を出発してすぐ、シルフィに言っていた。
報酬が少なくても、人々を守るために冒険者はいるのだと。
そう勇んでいたテイザットは、今はいびきをかいて眠っている。
馬車がひどく揺れているのに、見事な安定感でじっと寝つづけていた。
――大丈夫かな……。
シルフィは不安でいっぱいになっていた。
ティファナとして大規模な冒険者グループにいたころは、もっと人数がいたからである。
多少の無理も物量で補助していた安心感は、今はもうない。熊猫団はたったの五人なのである。なにか事故が起こっても、連携している別のパーティが助けてくれたりはしない。
「緊張しているのか」
シルフィの緊張感を感じ取ったのか。アレンが声をかけてきた。
「う、うん」
「大丈夫だ。俺が守る」
「わ、わかった」
「…………アレン……独占欲が……つよい……」
突然レンカの声が耳元で鳴った。
先ほどまでガビンと御者席にいたはずなのに、いつの間にかシルフィの隣に座っている。
「レ、レンカちゃん!?」
「…………レンカ……で、いい……」
「あ、……レ、レンカ」
「…………そう……レンカも……シルフィを守る……」
レンカの瞳がシルフィに突き刺さった。
シルフィは慌てて頷く。何度も「ありがとう」と応えると、レンカが満足げに鼻息を鳴らした。
レンカは十九歳の魔法使いであった。二十二歳のシルフィより年下である。しかし今は、レンカのほうが年上に見える状態となっていた。魔石の暴走によって見た目の年齢まで変わってしまったためである。仮面を付けていても、シルフィの外見は十五か十六歳ほどに見えた。
年齢を伝えていないため、レンカはシルフィを妹のように思っている節があった。
とにかく気を遣ってくるレンカ。シルフィを守ってあげたいという想いが、無表情なのに滲み出ている。
「…………シルフィ……アレンはきっと、むっつり……。気を付けて……」
「む、むっつっ!?」
「…………男はみんな……狼…………酒場の爺が……言ってた……」
「あ、う、……うん」
シルフィは仮面の内で苦笑いする。
直後にアレンの手が、レンカの頭の上に乗った。痛がるレンカ。小さな声で「……ごめんなさい」と呟いている。シルフィが止めに入ると、アレンが仕方なさそうに眉根を寄せ、レンカから手を除けた。
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