シルフィの丘で

 魅了用の解毒薬を大量に買い込むアレンをよそに、皆がそれぞれ必要なものを買っていく。

 シルフィも魔力の回復薬をいくつか買っておいた。

 テイザットが代わりに金を出すと申し出てくれたが、断った。



「やあ、お嬢ちゃん。可愛いね! 安くしておくよ!」



 雑貨屋の店主が嬉しそうに言う。

 シルフィは驚いて、顔の仮面を触った。

 気付かぬ間に、付けている仮面が外れたのかと思ったのである。

 しかしズレひとつなかった。ただの社交辞令であったらしい。



「あ、ありがとうございます」


「いいってことよ!」



 お釣りをくれる店主。

 受け取ってみると、どうにも金額がおかしい。



「あの……渡したお金より多いのですが……」


「いいの、いいの! 特別さあ! 頑張ってきなよ!」



 店主がにこりと笑う。社交辞令ではなかった。

 魅了にかかっているわけではないようだが、多少影響を受けているらしい。



「…………店主……あたしのも……特別に……」


「レンカちゃんはダメ。ていうかその回復薬、一番高い奴でしょ!?」


「…………バレた……」



 店主に叱られたレンカが、純度の高い回復薬を元の棚へ戻しに行く。

 名残惜しそうに回復薬を棚に置いたあと、ガビンにも叱られていた。



 店を出ると、少し離れたところで多くの人が集まっていた。

 自分以外、あまり見かけることがない治癒術士も何人かいる。怪我人がいるようだ。


 シルフィも行こうとしたが、テイザットに止められた。



「で、でも」


「いいの、いいの! あそこの怪我人は自業自得さ」


「知り合いなんですか?」


「ううーん? いいや? 知り合いになりたいとは思わないかなあ」



 テイザットがなんとも言えない表情をして首を横に振り、へらりと笑う。

 シルフィは首を傾げてガビンやレンカを見た。しかし二人もテイザット同様に首を横に振った。理由は分からないが、とにかく行かないほうが良いのだという。



「どのみち、あの人の多さだ。シルフィは行かないほうがいい」



 アレンがそう言うと、シルフィは少し悩んだが皆の言う通りにした。

 たしかにあの人ごみの中へ行けば、誰かに魅了がかかってしまうかもしれない。


 街を出るまでの間、通りはいつもより騒々しかった。

 誰も彼も、先ほどの場所にいた怪我人のことを噂している。


 ティファナとして以前所属していた団体の冒険者も、何人か見かけた。 

 すぐ傍を通りすぎていったが、シルフィがティファナだと気付く者はひとりもいなかった。



「さあ、しゅっぱあつ!」



 テイザットが威勢よく声をあげ、両手をあげる。

 借りた馬車に乗って進みはじめると、草の香りがふわりと通り抜けていった。


 何度も見た、街の外の風景。

 朝も昼も夜も、みんな違う。冒険へ行くその瞬間だと、その美しさはさらに増す。



「飛ばすぞ! 掴まっておけよ!」



 御者を引き受けてくれたガビンが鞭を揮う。

 馬が嘶き、速度を上げた。



「う、わ! きゃあ!」



 景色を眺めていたシルフィが体勢を崩す。

 瞬間。アレンがシルフィの身体を支えた。



「掴まっておけと言われたろう」


「つ、掴まっておきます」


「俺にじゃない」


「あ、わ! ご、ごめ!」


「別にいいが」


「は、はい……」



 シルフィはアレンの服の端をつまむ。「それじゃあ意味がないんじゃない?」と言ったテイザットをレンカが無言で叩きのめした。


 途中。シルフィの丘が見えた。

 東のアンドラズスの足の森へ行くには、この丘の傍を通らなければならない。



「そう言えば、シルフィちゃんはあの丘の同じ名前だねえ」



 テイザットが頭をふらふらとさせながら、シルフィの丘を見ていた。



「……そうなんです」


「もしかして関係があるの? あそこで生まれたとか?」


「あそこで……生まれ……」



 答えが詰まる。

 どう言えばいいのだろう。

 余計なことを言えば、偽名だとバレてしまうかもしれない。


 数瞬悩んでいると、再び草の香りがシルフィの鼻をかすめた。

 香りを追って、首を横に向ける。


 隣にいたアレンと、目が合った。

 どうかしたのかといった表情で、シルフィを見ている。

 その顔を見て、シルフィの胸の奥がかすかに揺れた。



「そう……ですね。あそこで……生まれたのかも」



 恥ずかしそうにして、シルフィは答える。

 胸の奥の揺れをおさえるように、胸に手を当てて。

 「やあっぱりね!」とテイザットが愉快そうに笑った。


 シルフィの丘の木々が、揺れている。

 いってらっしゃいと、見送られた気がした。


 シルフィは胸をそっとおさえながら、心の内で丘に向かって手を振るのだった。

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