私を見てる
「……どうしようもない女だわ」
声をこぼした。
心の内でつぶやいたつもりであったが、声になって出た。
「そんなことはない」
アレンが即答した。目を背けたまま。
「そんなことある」
「ない」
「あるわ! アレンだってこっちを見れないじゃない。これじゃ私、魔物と変わらないわ!」
「そんなことを言うな!」
アレンが怒鳴った。やはり怒っていたのだと、ティファナは悲しくなった。
しかし怒鳴ったアレンがティファナを見て、両肩を掴んできた。
ティファナは驚き、アレンを引き剝がそうとする。しかし無理であった。男女の力の差だけではない。アレンは剣士として鍛えているのである。腕に触れても、胸に触れても、アレンの身体は分厚く、硬かった。そしてわずかに熱を発している。
「……お、怒らないで」
「怒ってない」
「……嘘よ。怒ってるじゃない」
ティファナはアレンを睨む。
しかし直後に、ティファナは首を傾げた。
――あれ?
アレンの目が、ティファナへ向いている。
互いに目が合っているはずなのに、アレンの様子がまったく変わっていなかった。
そのことにアレンも気付いたのか。はっとした表情をして、ティファナの肩から手を離す。
「……な、なんともないの?」
恐る恐る尋ねる。
間を置いて、アレンが頷いた。
「問題ないようだ」
「じゃあ、もしかして私、元に戻ったの?」
「いや、そうは見えない。魔力も感じる」
「……そ、そう」
ほっとする。
……ほっとする?
本当に私は、どうしようもない女だ。
やはり心の底では容姿が良くなることを望んでいて、このままでいたいと思っている。
とはいえ、このままでどうすればいいのか。
もうヴィランたちのパーティに戻ることは出来ないだろう。それだけではない。ヴィランたちと関係のあるパーティにすら戻れない。たとえ戻れても、昼間のように誰かを狂わせるに違いないのだ。いやもしかすると、街にすら入れなくなるのではないか。
「……冒険者……もう、辞めるしかないのかな」
現実的に考えると、絶望感がよぎる。
同時に弱音が吐きだされ、ティファナはがくりと肩を落とした。
「なぜだ」
「どこにも入れるパーティなんてないわ。次は騒ぎになるだけじゃ済まないかもしれない」
「そうとは限らないだろう」
「でも……」
言葉がつづかない。
もちろんティファナは、冒険者を辞めたいと思っているわけではなかった。
冒険者の世界は、子供のころからアレンと一緒に憧れた世界であった。万年見習いの身ではあったが、虐げられている時も多かったが、楽しい時もあった。だからこそ十年間、冒険者をつづけてこれたのである。
肩を落としているティファナの前で、焚火がはぜた。
この焚火の音も好きだったなと、心が沈んでいく。
「……それなら、俺たちのところへ来い」
アレンがティファナの心を拾いあげるように言った。
顔をあげると、アレンの真っ直ぐな瞳がティファナへ刺さった。
「……いいの?」
「名前を変える必要はあるが、ギルドに再登録すれば問題ないだろう」
「顔は……?」
「仮面のようなものを被っていればいい」
「か、仮面?」
「理由はなんだっていい。火傷を隠しているとか、な」
迷いなくアレンが言ってくれる。
そんなやり方でいいのかと、ティファナは疑問に思った。
しかしなぜか、心のどこかが軽くなる。
そんなやり方でも、いや、どんなやり方でもいい。
やりたいことをやれる方法が、まだあるのだ。
ならばそれに縋りたい。どうしても。
「私、まだ、冒険者で……いられるの?」
「ああ、大丈夫だ。もしものときはまた、俺が守る」
「いいの……?」
「ああ。約束だ」
アレンの右手が、ティファナの頭の上に乗る。
黒髪を撫でる、分厚い手。岩のようであったが、なぜか心地よい手だとティファナは思った。
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