もう一度
シルフィ。
ティファナという名前が使えなくなったため、ギルドにはその名で登録した。
シルフィというのは、ティファナとアレンが街から出て逃げた先の、丘の名前だ。実際はその丘の下に潜んでいたわけだが。
「シルフィ、聞いているか?」
アレンの声が耳元で鳴った。
シルフィは驚き、奇妙な声をあげる。
「ふぃ、あ! な、なに?」
「治癒術士で登録してもいいのか?」
「え、あ、う、うん」
「そうか。じゃあ、そういうことらしい。それで頼む」
アレンが冒険者ギルドの事務員に伝える。
本当は自分でやろうかと思ったが、出来なかった。どうしたって昨日の騒動が頭から離れないのだ。アレン以外の誰かと直接言葉を交わすだけでも、なにかが起こってしまう気がする。なにも起こらないかもしれないが、起こってしまったらもうこの街にはいられなくなるだろう。
「終わったぞ」
登録証のペンダントを手にして、アレンが振り返った。その後ろで、事務員の女の子が手を振っている。シルフィは慌ててお辞儀をし、小さく手を振り返した。
「あ、ありがとう」
「問題ない。腕輪の再支給は断った」
「うん、それでいいよ」
シルフィは腕に嵌めている銀色の腕輪に触れる。
魔力が暴走した腕輪は、なぜか外せなくなっていた。肌にくっついているわけではないが、外そうとするとひどい痛みを感じる。
「それが外せたら、元に戻れるのかもしれないな」
「そう、かも」
シルフィは頷く。頷きながら、心のどこかで戻りたくないと思っている自分がいた。
だが戻らなければ、ずっと仮面をつけたまま生きていかなければならない。アレンにも迷惑をかけつづけることになる。そのほうが嫌だと、シルフィはまだ思うことができた。
「このあと、俺のパーティメンバーに会うが。いいか?」
「い、いいよ」
「念のため、魅了用の解毒薬も持っておく。魔物用だが」
「……う、魔物用、かあ」
「そういう意味じゃない」
「わ、わかってる!」
がっかりしなかったわけではないが、仕方がない。
今の自分は、魔物のようなものだと分かっていた。
その事実から目を逸らそうとすれば、きっとまた昨日のようなことが起こる。
意を決したシルフィを見て、アレンが少し笑う。
その笑顔を見て、シルフィはほっとした。
アレンの笑顔を最後に見たのは、冒険者になる前であった。
大規模な団体に所属して以降、馬車馬のごとく働かされ、休める時などほとんどなかったからである。時々アレンと会うことはあったが、その時のアレンの表情はすべて心配そうな顔で、ティファナも申し訳ないといった表情しか返せなかった。
「ありがとう、アレン」
シルフィはアレンの服の端をつまむ。
アレンが首を傾げた。
「解毒薬はさほど高くない。気にするな」
「……そうじゃなくて」
「じゃあ、なんだ」
「……ううん、なんでもないよ。ただ御礼が言いたかっただけ」
「そうか」
「うん」
仮面の内側でシルフィは笑う。
見えていないはずであったが、アレンがもう一度笑ってくれた。
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