魅了の魔法
「そんなことはない」
アレンが言った。
陽が落ちて暗くなってきていたので、火を熾してくれている。
ぽうっと灯った火が、アレンの顔を照らした。
「ティファナは俺を治してくれた」
「それは……治癒術しか、取り柄がないから」
「そういう意味ではないが」
「……え?」
「まあ、いい」
大きくなった火の赤が、アレンの瞳を染める。
酒場で助けてもらってからこれまで、アレンと目が合っていない。
やはり怒っているのだとティファナは思った。久しぶりに会ったというのに、アレンの目の前で街全体を揺るがすような大騒動を引き起こしたのである。どれほど寛容な人間でも、「面倒なやつだ」と思うに違いない。
明かりを広げていく焚火。
その火から、ティファナは少しだけ距離を取った。
別人となり、問題を起こしてしまった身体を、火の明かりに照らしだしたくなかった。
「汗をかいて身体が冷えているだろう。もう少し火の傍に居ろ」
「……でも」
「風邪をひくぞ」
「う……うん」
ティファナは仕方なく、焚火に寄る。
煌々とした火が揺れ、変わり果てたティファナの全身を浮かびあがらせた。
「アレンはどうして……私だって分かったの?」
不思議に思っていたことを尋ねた。
どう見たって、別人の身体で別人の顔なのだ。同じパーティにいたヴィランとトラグルックでさえ、ティファナだと分かるまでずいぶん長い時間を要した。しばらく会っていなかったアレンが分かるなんて、正直あり得ないと思える。
「分かる」
「こんなに変わっちゃったのに?」
「変わってない」
「え??」
「俺が知っているティファナのままだ」
アレンが真顔で言った。気を遣っているわけではないらしい。
でも変わっていないというのは言い過ぎだと、ティファナは思った。
偽物の身体とは言え、間違いなく美人に過ぎる姿なのだ。変わっていないはずがない。
「アレン。こっちを見て」
ティファナは少しだけ、心の底にもやっとしたものを感じた。
しかしそれが、どういう気持ちなのかは分からなかった。
ただなんとなく、今の姿をアレンに見てほしくなった。
「向かない」
「どうして?」
「気付いていないのか」
「……なにを?」
「ティファナから魔力が溢れ出ている。それはおそらく、精神に作用する魔法だ」
「ま、魔法!?」
ティファナは驚き、自らの両手を見る。
魔法が発動している様子はない。しかしアレンが言う通り、魔力が流れでて、全身を覆っているいるような感覚があった。
「じゃあ、これのせいで街の人が?」
「おそらくは」
「と……止めないと。なんとか抑えないと……」
「その必要はない」
アレンが断ずるように言った。
そして布を一枚取りだすと、アレンとティファナの間に布を広げ、互いの顔が見えないようにした。
「ティファナの顔を見なければ、影響は受けない」
「もしかして、魔物が使う“魅了”みたいな魔法ってこと……?」
「そうだとは言い切れないが、似たものかもしれない」
アレンがそう言って、布を取り除く。
その時はすでに、ティファナが視界に入らないようアレンが顔を背けていた。
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