絶世の美女
酒場が荒れている。
酔っぱらいが暴れているわけではない。女を巡って争っているのだ。
女の名は、ティファナ。
万年見習いの治癒術士だ。
「先にティファナに惚れたのは俺だ! てめえはすっこんでろ!」
「ああん!? おめえは昨日、ティファナのことを不細工だのとぬかしたじゃねえか!?」
剣士のヴィランと、槍士のトラグルックが喚いている。
昨日までは仲が良かったのに、今では犬猿の仲となっている。
二人以外にも、名前の知らない多くの人たちが騒いでいた。
皆、ティファナのせいで口論となり、ひどいところでは殴り合いをはじめている。
「ティ……ティファナさん、あなたほど美しい女性は見たことがありません。是非ボクと……」
「おい、てめえ! なに抜け駆けしてんだ!?」
酒場が荒れている。
昨夜まで脳なし不細工と蔑まれていた、ティファナのために。
そのティファナは今や、絶世の美女となっていた。
蓄えつづけていた十年分の魔石すべてを暴走させて、全身が作り変えられてしまったのである。
元のティファナは、地味で中肉中背。
肌荒れもひどく、ぼさぼさの髪。
顔は岩のようで、細い目であった。
それらはすべて、名残もなく消え去っていた。
今のティファナは、細身の身体に、ほどよい肉付き。
肌は陶器のようになめらかで、透きとっているかのよう。
黒い髪は絹のように艶やか。
顔にいたっては別人。この世のものとは思えないほどに美しい。
ティファナは二十二歳であったが、見た目が十五か十六歳ほどの年齢になっていた。
そのティファナが、皆の前に現れた。
最初は誰も気付かなかった。長年虐めつづけていたヴィランとトラグルックも気付かなかった。
ティファナが名乗った瞬間、全員の目の色が変わった。
それはティファナから見て、好ましいものではなかった。
人間を見ている目ではない。まるで獣が餌を見つけたような目だ。
しかも気が狂うほどに上等な餌を見つけたと、全員の目が語っていた。
酒場が荒れている。
狂った獣のように、罵りあい、殴り合い、我先にティファナを奪おうと争っている。
訳が分からなくなったティファナは、半歩退いた。
まさかこんなことになるとは、夢にも思わなかったのである。
昨夜までティファナに向けられていた怒号が、別のほうへ飛んでいる。
昨夜までティファナを踏みつけていた足が、別の誰かを蹴り飛ばしている。
――こんなはずじゃなかったのに……!
ティファナは顔面蒼白となって、また半歩退いた。
左手首に嵌めている腕輪を見て、苦い顔をする。治癒術をまったく高めることなく、外見だけを変えてしまった腕輪。きっとティファナの心の奥底にあった醜い願望を、この腕輪が拾い上げたのだ。その結果が、これだ。
また一歩退く。
後ろにあった椅子に躓き、ティファナは倒れた。
その音に気付いた者たちの目が、一斉にティファナへ向く。
「あれは俺のもんだ!! ティファナ!!」
ヴィランが叫んだ。
直後、誰かの手がティファナの腕を掴んだ。
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